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エフェソ

教会を造り上げるために(2026.5.17)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

こうして、聖なる者たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストの体を造り上げ、(エフェソ 4章12節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編 51編12節~14節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 17 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 100編
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ 4章11節~16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 第1,3 仁科共子牧師
第2  長田栄一師
宣  教 「教会を造り上げるために」 長田栄一師
祈  祷
任 職 式 長田栄一師
賛  美 390 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

教会に牧師が立てられ、任じられることの意味は何でしょうか。

1.教会を造り上げるために
「ある人を…牧者、教師としてお与えになりました。こうして…キリストの体を造り上げ…」(11、12節)牧師が立てられる目的をひと言で言えば、「教会を造り上げるため」と表現できます。混迷に満ちたこの時代、世の人々が神様とお出会いするために、教会が成長していく必要があります。

2.皆で一緒に
「聖なる者たちを整えて奉仕の働きをさせ…」(12節)教会の建て上げのためには、一部の働き人だけが動き回ればよいというわけではありません。皆が喜びをもって奉仕のわざを行い、皆で一緒に教会を造り上げていきます。

3.一人ひとりの信仰の確立と成長
信仰者一人ひとりの信仰がしっかりと確立し、成長していくことが必要です。(13~15節)幼稚な信仰から堅固な信仰へと成熟し、他の人々を励ますことができるようにされる必要があります。
Ⅳ.つなぎ合わされ、結び合わされて
成長した信仰者がつなぎ合わされ、結び合わされて教会は造り上げられていきます。(16節)愛によって結びつきながら、教会を造り上げて参りましょう。

母の日を覚えて(2026.5.10)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

「父と母を敬いなさい。」これは第一の戒めで、次の約束を伴います。(エフェソ 6章2節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編 46編11節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 99編
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ 6章1節~9節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科早苗協力牧師
宣  教 「母の日を覚えて」 仁科早苗協力牧師
祈  祷
賛  美 483 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科早苗協力牧師
後  奏

宣教要旨

エフェソは異邦人の街で異教の文化に生きる宣教課題がありました。日本の私たちと同じです。教会に生きる者として母の日を覚えたいと思います。

1.主に結ばれている者として
1節にある「子どもたち」は教会に集う実際のこどもたちに呼びかけている言葉です。当時は親子一緒に集会に集っていました。「主にあって」は「主に結ばれている者として」の意味です。

2. 御国が拡がりますように
2節の戒めは幸せになるために守ることを教えます。子どもたちだけへの勧めではなく、父親たちへの教えも伴います。親子で神様に従うことが「新しい生き方」でその証によって御国が拡大します。

3. 祈りの子は滅びない
子どもは親との関係から人間関係を学びます。しかし親子ほど難しい関係はありません。「祈りの子は滅びない」は、放蕩三昧だった息子アウグスチヌスに悩む母が牧師から受けた言葉です。
(結論)祈られている子は滅びない。教会で実現しています。いえ、祈り続ける母も父も夫も妻もまた祈られている孫も滅びません。「あるべき姿の要求」を説く日でなく、あきらめず祈り続ける決心の母の日としましょう。

どのような時にも霊によって祈りましょう(2025.12.28)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

どのような時にも、霊によって祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。 ( エフェソ 6章18節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編124編8節 司 会 者
頌  栄 265 一同起立
賛  美 16 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編74編1節~17節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章10節~20節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「どのような時にも霊によって祈りましょう」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 497 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 主にあって強くありなさい
悪魔の策略に対抗していかなければならないので、パウロは、主にあって強くありなさいと勧めます。私たちの力では、立ち向かうことができないからです。主の力があってこそ、私たちは悪魔に対抗することができるのです。

2. 神の武具を身に着ける
パウロは、悪魔に対抗し、しっかりと立つことができるように「神の武具」を身に着けなさい、と語ります。パウロは、6つの武具をあげています。帯、胸当て、履物、盾、兜は、攻撃を防御するためのもので、剣は、戦うための武器です。この世にあって悪魔の攻撃に対抗するためには、「神の武具」を身に着けることが必要です。

3. 霊によって祈り続けなさい
神の武具で武装した私たちは、祈ります。パウロは、霊によって祈りなさいと教えました。霊によらなければ、私たちは、どのような時にも祈り、すべての聖なる者たちのために祈り続けることができません。

私たちも神の武具を身に着けて、悪魔の攻撃に抵抗し、どんなときにも聖霊によって祈り続けることができる者として歩ませていただきましょう。

光となっている私たち(2025.11.9)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

あなたがたは、以前は闇でしたが、今は主にあって光となっています。光の子として歩みなさい。 ( エフェソ 5章8節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 エゼ キエル書 36章26a,28b節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 484 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編  65編1~9節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ 5章6節~10節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「光となっている私たち」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 509 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 以前は闇でした
私たちは、イエス様を信じる前、私たちを愛していてくださる神様に従わないで生きていました。それは、神様とは無関係に生きる生活で、闇の中を歩くような生活でした。

2. 今は光となりました
私たちは、イエス様を信じて神の子どもとされました。イエス様は、「私は世の光である。私に従う者は闇の中を歩まず、命の光を持つ。」(ヨハネ8:12)と言われました。光であるイエス様を信じて従う者は、命の光を持ち、光となって生きるのです。イエス様は、私たちに「あなたがたは世の光である。」(マタイ5:14)と言われました。私たちは、イエス様にあって光となってこの世に輝くのです。

3. 光の子として歩む
光は、善と義と真理の実を結ばせます。闇の中に生きる者は、光の実を結ぶことができません。私たちは、光であるイエス様を信じて光の子どもとしていただきました。光の子どもとしてこの世に輝き、光の実を結ぶ歩みを導いていただきましょう。

キリストの愛を知って(2025.7.20)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができ、神の満ち溢れるものすべてに向かって満たされますように。(エフェソの信徒への手紙3章19節)

礼拝順序

使徒信条93-4 1A一  同

前  奏
招  詞 詩編100編1節~2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 528 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 40編1節~12節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ 3章14節~21節
教団信仰告白 一  同
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「キリストの愛を知って」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 481 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 膝をかがめて祈る
パウロは、エフェソの教会の人たちのために祈っています。彼の祈りは、「御父の前に、膝をかがめて祈る」と、神様を「御父」と呼び、謙虚な姿勢の祈りです。

2. 愛に基づく者となる
パウロは、神様がエフェソの教会の人たちの「内なる人を強めてくださるように」と彼らの心の内が強められ、信仰によってキリストが心の内に住まれるように、また彼らが、キリストの愛に根ざし、愛に基づいて生きる者となるようにと祈ります。

3.すべての聖なる者たちと共に
パウロは、エフェソの教会の一人一人が愛に基づく者となることによって、すべての聖なる者たちと共にキリストの愛を知ることができるようにと祈ります。教会全体がキリストの愛を知って、キリストの体として神の栄光を現すものとなるのです。

私たちも、パウロのように教会のために祈りましょう。神が私たちの内なる人を強めてくださり、キリストが心の内に住んでくださるように。私たちが愛に根ざし、愛に基づく者とされ、教会の人たちと共に人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができるように。私たちを愛していてくださる御父なる神様は私たちの祈りに答えてくださる方です。

善い行いのために(2024.6.9)

聖 書

それは、私たちが善い行いをして歩むためです。(エフェソの信徒への手紙 2章10節b)

礼拝音源(30.1Mb)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 エフェソ2章1~10節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 204 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編102編1~23節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ2章1~10節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野かをり副牧師
宣  教 「善い行いのために」 鎌野かをり副牧師
祈  祷
賛  美 516 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野かをり副牧師
後  奏

宣教要旨

1. 善い行いのために

1. 神の作品
 神さまは人を神のかたちに造られ、大地のちりから造られた人に、いのちの息、神の霊を吹き込まれて、人を生きるものとされた。神さまは、特別な存在として造られた人に、神さまが造られたこの世界を、神さまの代理人として、正しく管理する使命を与えられた。ところが、神さまに創造された最初の人が、神さまの命令、約束に背いてしまったことにより、人は神さまに背くものとなり、死ぬものとなってしまった。2章1節から3節には、そのような私たちの姿を表している。しかし、あわれみ豊かな神さまは、私たちを愛して下さった大きな愛のゆえに、イエスさまの十字架と復活、昇天によって私たちに救いの道を開いて下さった。私たちは神さまの恵みによって信じるものとされ、神さまのわざによって神の作品とされた。

2.善い行いのために
 神の作品とされた私たちは、神さまが前もって準備して下さった善い行いをして歩むように招かれている。自分の欲の願うまま、自分の目が正しいと思う歩みをしていた者が、ただ信仰によって救われ、恵みによって造りかえられ、神さまの賜物によって善い行いをして歩むことが可能となった。与えられている賜物、恵みによって、隣人を愛し、隣人に仕え、福音を伝える、善い行いに共に歩ませていただきましょう。

キリストの体として歩む(2024.1.7)

聖 書

キリストによって、体全体は、支えとなるすべての節々でつなぎ合わされ、一つに結び合わされて、それぞれの部分は分に応じて働いて、体を成長させ、愛の内に造り上げられてゆくのです。(エフェソの信徒への手紙 4章16節)

礼拝音源(30.6MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編100編1〜3節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 55 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編75編
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソの信徒へ手紙 4章1〜16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「キリストの体として歩む 仁科共子牧師
祈  祷
1月誕生者祝福 ヨハネの手紙 三 1章2節
賛  美 411 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 霊によって一致して歩む
キリストの体として一人一人が結び合わされて、一致して歩むことを教えています。それは、キリストの体は一つだからです。イエス・キリストを信じた人は、キリストの体である教会の部分として生きていきます。そして、一つの聖霊によって一つにされ、キリストの体である教会としての歩みをしていくのです。

2. 違う賜物が与えられて一つにされる
「キリストの賜物の秤に従って」それぞれに賜物が与えられます。そして、違う務めを与えられます。その一人一人が結び合わされて、それぞれの働きをしてキリストの体が造り上げられていきます。一人一人に違う賜物が与えられるのは、それらが体全体を成長させるために、必要だからです。そして、その違いが結び合わされるときあらゆる点で成長していきます。

3. 愛の内に造り上げられてゆく
キリストによって、一人一人は結び合わされます。違っている部分はそれぞれの分に応じて働いて体を成長させていきます。それが、キリストにあってキリストのものとされた私たちにふさわしい歩みです。このような歩みは聖霊によってできることです。私たち一人一人が結び合わされて、キリストの体として歩ませていただきましょう。

キリストは今、どこにおられるのか (2021.5.16)

聖 書

神は、この力ある業をキリストの内に働かせ、キリストを死者の中から復活させ、天上においてご自分の右の座に着かせ、(エフェソ1章20節)

礼拝音源(22.8MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 ヨエル書3章1節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編126編
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ1章20~23節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「キリストは今、どこにおられるのか」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 390 一  同
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

主の愛の御手に触れられた者は、その愛に信仰の手を伸ばして応答し、隣人にも交わりの手を差し出す誠実な心と歩みがつくられていきます。このことを「手」との言葉を題目にしつつ、御言葉から聴いていきます。

キリストは今、昇天され神の右に着座されています(20節、使徒言行録1章11節)。このキリストによって私たちの信仰は確かにされ、力を増していくのです。

1.キリスト、すべての頭として  1章21~23節

神は、信じる者に力強く働く神の力をキリストの内に働かせて、十字架の死から復活させ、昇天させて神の右に着座させ、神とキリストが一つであることを明らかにされました(19~20節)。それによって、キリストはすべてのものを将来にいたるまで支配され、その上に立つ頭となられました(21~22節)。ただ、今の現実の全てが、キリストの支配に服しているのではありません。

なお、キリストは教会の頭として満ち満ちておられ(22~23節)、教会においてキリストのすべての恵みを受け取ることができます。それゆえに、私たちは「イエス・キリストは主である」との信仰告白へと導かれるのです(フィリピ2章6~11節)。

2. キリスト、私たちの内に  3章16~19節

キリストは今、主のものとされた者の「心の内に住んで」くださり、住み続けてくださり、一つになって生きていてくださいます(17節a)。そのために、神はご自分の力をもって「内なる人」を強くしてくださり(16節)、キリストの愛に満たされた歩みをさせてくださいます(17~19節)。

ところで私たちは、現実に弱さを覚えて恐れを抱き、祈れなくなることがあります。しかし、キリストは恐れなさらないお方です。私たちは、このキリストを信頼し、内に住み続けていただいて全てを支配していただくことが大切なのです。

 

聖なる交わり(2020.10.4)

聖書

恵みが、変わらぬ愛をもってわたしたちの主イエス・キリストを愛する、すべての人と共にあるように。(エフェソ6章24節)

礼拝音源(28.9MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 1テモテ1章15節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 67編1~8節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章21~24節
使徒信条 93-4  1A 一同起立
賛  美 83 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「聖なる交わり」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
聖餐式 新49
10月誕生者祝福 2コリント12章9節a
賛  美 390 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

エフェソの信徒への手紙の最後の部分です。本文を語り終え、終わりの挨拶と祝福で閉じられています。そこには、「聖なる交わり」が溢れています。

1.恵みを分かち合う交わり  21~22節
パウロは、獄中という試練の中で、礼拝と祈祷の時と伝道に勤しんでいたことをエフェソの信徒たちに伝えました(使徒言行録16章25節、28章30~31節)。パウロにとって、そこがどんなに神の恵みが働いていたかを伝えたかったのです。そうすることによって、エフェソの教会がパウロと同じ恵みに与って、励ましを受けてほしいと願ったのです。それを取り次いだのか、主のものとされ、忠実に仕えるティキコでした。
パウロとティキコとエフェソの信徒たちが、神の恵みを分かち合ったように、私たちもこの神の恵みを分かち合うところに、聖なる交わりが造られていくのです。

2.恵みを祈り合う交わり  23~24節
最後は、神に対する祈り、神の祝福と導きを求める祈りで結ばれています。その祈りは、「兄弟たちに」「すべての人と共にあるように」と誰にでも当てはまる内容です。そして、イエス・キリストの救いの恵みが、私たちのうちに信仰を起こさせ、平安と愛という実を結ばせることを祈り合う聖なる交わりが造られるようにとの、教会の祈りです。
ところで聖餐は、キリスト贖いの恵みに対する「感謝の祈り」の時、「記念として」キリストの救いを想起する時、「主が来られるときまで」主を讃える時です。そして、キリストとお互いの「聖なる交わり」が造られていくことを確認する時です。

 

 

 

 

神の偉大な力を身にまとい(2020年9月6日)

聖書

最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。(エフェソ6章10節)

礼拝音源(30.3MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編29編2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 65編1~14節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章10~20節
使徒信条 93-4  1A 一同起立
賛  美 18 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「神の偉大な力を身にまとい」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
9月誕生者祝福 イザヤ書63章9節
賛  美 536 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

パウロは、この手紙で、キリストと共に恵みの座に着き(2章6節)、歩み(同4章17節以下)、この箇所では、悪魔に立ち向かうように語っています(10~11節)。そのためには、主の偉大な力によって強くされ、神の武具を身につけるように命じています。

1.世の現実に送り出される身である  11~12節
信仰者が送り出されていく世の現実は、罪の力に支配されている世界です。したがって、信仰者はその戦いの装備を身に着け、心を定めて送り出されていくのです。
それは、信仰者の戦う相手が、血肉すなわち人間ではなく悪魔であり、その策略に対抗するためです。悪魔は、敵が悪魔であることを見破られることを恐れます。また、悪魔の存在を信じさせないようにしてきます。
このように、信仰者は、不信仰との戦いであること知って、神に敵対するものの前にいることを忘れてはならないのです(詩編23編5節a)。

2.神の御前に自らを置く身である  13~20節
信仰者は、この戦いに挑むに際して、臨在される神に目を向け、その神の御前に立つのです。そして、真理の帯、正義の胸当、平和の福音の履物、信仰の盾、救いの兜、霊の剣という、神が信仰者に与えてくださる「神の武具を身に着け」させていただくのです。霊の剣こそ「神の言葉」であり、人に神の救いに与らせる御言葉です。

このように、信仰者は福音の戦いのために神に全面的に依存しているのですから、祈りをもって戦いをなし、すべての聖なる者たちのために祈り、福音を大胆に語り続けられるように祈り合うのです。ひざまずき、立ちあがらせていただきましょう。

 

 

神をほめたたえる(2020.8.16)

聖書

わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。(エフェソ1章3節a)

礼拝音源(30.3MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 ローマ12章1節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 50編1~23節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ1章1~14節
使徒信条 93-4  1A 一同起立
賛  美 351 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「神をほめたたえる」 池口輝雄神学生
祈  祷
賛  美 475 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

パウロが本書を書いたのは、牢獄の中です。にも拘らず、挨拶の後すぐに神への賛美を献げています。彼は自分が賛美している神が、どのような方かを知っていたからです。パウロが知っていたのはどのような方なのでしょうか。

1. 天地創造の前に、あなたを選ばれた方
神様は、天地創造の前に、あなたを心に留めてあなたを選ばれました。さらに、イエス・キリストによって神の子にしようと前もってお定めになりました。神様はイエス様を子として、子であるが故に愛されています。そして、このイエス様によって、イエス様を信じるあなたをご自分の子どもとし、あなたにも同じ愛を注ごうと決められ、そのような交わりへとあなたを招き入れられました。

2.ゴールまであなたを導かれる方
4節の「御自分の前で聖なる者、汚れのない者」とは、私たちの最終的な姿です。これまでのあなたがどんな人であろうと、今のあなたがどうであろうと、これから先にあなたに何が起ころうと、天地創造の前からあなたを選ばれた神は、あなたを「聖なる者、汚れのない者」へと責任をもって完成させてくださいます。

3.未来の先取りとしての賛美
今神様を賛美することは、私たちがこの神様の計画の中にあるという証しであり、未来の先取りです。今朝の礼拝も、やがて完全なかたちで献げられる時が来ます。そのことを覚えつつ、心から神様に賛美していきたい。そのように願います。

 

 

 

キリストが私たちの主(2020.8.2)

聖書

あなたがたも知っているとおり、彼らにもあなたがたにも同じ主人が天におられ、人を分け隔てなさらないのです。(エフェソ6章9節c)

礼拝音源(30.1MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 ガラテヤ3章28節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 42編1~12節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章5~9節
使徒信条 93-4  1A 一同起立
賛  美 13 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「キリストが私たちの主」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
8月誕生者祝福 ヨハネ14章27節
賛  美 411 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

奴隷と主人については、これまでと同じように、互いに仕え合う関係として語られています(5章21節)。この世の仕組みの中で生きる奴隷と主人は、キリストにあって何を「知っている」かを問いかけています。

1.同じ主に従う僕である 9節
奴隷たちには、キリストに従うように主人に従い、主に仕えるように主人に仕えることを命じています。そうするのは、キリストの十字架の贖いによって自由にされているからであり、それも一貫して誠実に喜んで仕えることを求めています(5~7節)。
主人たちは、人を分け隔てなさらない、奴隷たちと同じ主に仕える僕です(9節)。彼らは、そのことを体験的に自分のこととして「知っている」のです。したがって、互いに足を洗い合うようにして、仕え合うのです(ヨハネ13章14節)。
同じように私たちは、主に従う僕として、この世の仕組みの中で生きるのです。

2.主から同じ報いを受ける  8節
主に従う僕は、奴隷であっても自由な者であっても、同じ報いを受けることを「知っている」のです。その報いは、すぐに与えられる主からの賜物だけでなく、主から御国を受け継ぐという報いです(コロサイ3章24節)。この報いを期待するのは、この地上の事だけを考えて生きるのではなく、天に目を注いで生きるからです。
年老いたパウロは、脱走奴隷オネシモを主人のフィレモンに返すに際して、和解の賜物を受けることを経験して知りました(フィレモン16~17節)。私たちは、生涯にわたって神の学生のようにして、キリストを私たちの主と告白しつつ歩むのです。

 

 

キリストを中心として(2020.7.5)

聖書

子どもたち、主にあって両親に従いなさい。それは正しいことだからです。(エフェソ6章1節)

礼拝音源(29.4MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編46編10節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 32編1~11節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章1~4節
使徒信条 93-4  1A 一同起立
賛  美 396 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「キリストを中心として」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
7月誕生社祝福 詩編100編1~2節
賛  美 546 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

教会は、あらゆる違いを超えて兄弟姉妹とされた者たちが集められています。支配者と被支配者を作り出すところではありません。ですから、妻も夫も、子供も両親も互いに兄弟姉妹と呼び合い、愛の関係を築き合うのです。

1.主にあって  1~3節
子供と両親の関係は、世の中の親子関係ではありません。キリストを中心として、兄弟姉妹の関係に生きるように召されています。ですから、子供に「両親に従いなさい」と命じるのです。それは、両親を敬って、両親が語る言葉に聞き従う姿勢を表しています。「それは正しいこと」だからです。
このように両親に従うことは、有無をも言わさない服従を意味しているのではありません。主イエスが天の父を愛し敬う仕方で天の父に聞き従われたように、子供は「主に結ばれている者」すなわち「主にあって」両親に向き合い聞き従うのです。それが、幸いをもたらす生き方であり、神のご厚意から与えられるのです(3節)。

2.主がなさったように  4節
同様に両親も、主にあって子供に向き合うのです。そして、特に父親は、信仰に基づく信念をもって、教え導くのです。それが、威圧的で独善的であれば、子供に反発と怒りを抱かせるでしょう。「主にあって」とは「主がなさったように」との意味があり、父親は、主の仕方を意識し、主の愛に倣おうとする姿勢が求められます。

こうした親子の関係は、兄弟姉妹の関係においても同様です(5章21節)。そこには、共に十字架のもとにひざまずき、天の御国を目指して旅する神の民の姿があります。

 

 

キリストへの畏れをもって(2020.6.14)

聖書

キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。(エフェソ5章21節)

礼拝音源(32MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編100編1~2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 19編1~15節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ5章21~33節
使徒信条 93-4  1A 一同起立
賛  美 361 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「キリストへの畏れをもって」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 505 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

愛の主キリストは、ご自身への「畏れ」をいだく者たちに、さまざまな「恐れ」から解き放って新しい生活へと歩み出させてくださいます。ここでは、キリストへの畏れをもって「互いに仕え合いなさい」と命じています(21節)。

1.妻も夫も互いに 

キリストにおいて一つの体とされたお互いは、キリストにあって兄弟姉妹です。それは、妻と夫の関係においても同様であり、互いに仕えることが求められます。

そこには、まずキリストが十字架の死に至るまで私たちを徹底して愛して、仕えてくださった事実があります。それゆえに、妻は「主に仕えるように」、夫に仕えるのです。夫はキリストが「教会のために御自分をお与えになったように」、妻を愛して仕えるのです(22~25節)。

こうして、妻と夫は、キリストの愛に対する深い感謝と信頼を抱きつつ、畏敬の念をもって互いに仕え合うのです(33節)。

2.キリストの体に連なる互いが 

このように、パウロは妻と夫が互いに仕え合うことを語りつつ、信仰者がキリストの体に連なることによって、互いが仕え合うことを通して教会が造り上げられていくことを勧めています(26~32節)。

エフェソにある教会が、初めの愛から離れてしまったために、悔い改めて初めの行いに立ち戻るように命じられています(ヨハネの黙示録2章1~7節)。これは、今の私たちへの問いかけでもあります。キリストへの畏れをもって応答していきましょう。

 

緊急の必要(2020.5.31)

聖書

酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ、霊に満たされ、(エフェソ5章18節)

礼拝音源(29.5MB)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編51章12~14節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交読詩編 16編1~11節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ5章18~20節
使徒信条 93-4 1A 一同起立
賛  美 342 一同起立
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「緊急の必要」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 529 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

主の弟子たちが、主イエスの十字架と復活の期間また昇天と聖霊降臨の期間に不安と恐れを抱きました。それは、主の再臨待望信仰に生きる人たちでさえ、いろんな機会に同じような経験をするものです。そうした時、聖霊に満たされていることが、緊急の必要となります(18節、ヨハネ14章16~18節参照)。

1.聖霊に満たされ続けよ  18節
私たちは、酒のみか、仕事、学び、遊びなどに酔わされて、自分を失ってはなりません。むしろ、今も常に聖霊に満たされ続けよと命じられています。それは、聖霊に支配され、聖霊に導かれていることです。
聖霊に満たされ続ける秘訣は、ペンテコステ後の主の弟子たちのように、一人ひとりが主イエスに主導権を明け渡し、主のものになることです。教会は、聖霊に満たされ続けることにより、主の恵みに満ちあふれ、主の命に活き活きと生きる聖徒の群れとなるのです。

2.キリストの支配に生きる  19~20節
聖霊によって「イエスは主である」(1コリント12章3節)と告白することは、心と人生の中心をキリストのご支配をいただいて生きることです。
そこから、信仰の仲間とともに、歌が語り合う言葉となり、「主に向かって心からほめ歌う」賛美が出てきます。そして、ついには「いつも、あらゆることについて」父である神に対して感謝が出てくるのです。
私たちは、日々の歩みの中で、聖霊に満たされ、キリストの支配に生きることに捉えられていることが大切です。その人生に区切りを与えるのが、聖日礼拝です。