メニュー 閉じる

新約聖書

神の慈しみによって(2026.4.12)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

それとも、神の慈しみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじるのですか。(ローマ 2章4節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ローマ 12章1節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 206 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 95編1~7節
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 2章1節~16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神の慈しみによって」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 442 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 他人を裁く人
パウロは、自分は正しいと考えて他人を裁く人に対して、あなた方は神の裁きから逃れることはできないと言いました。彼らが他人を裁きながら、自分も同じことをしているからです。彼らの行いは偽善であり、神に喜ばれることはできません。
2. 悔い改めに導く神の慈しみ
神は、豊かな慈愛と忍耐と寛容をもって人を悔い改めに導かれます。しかし、神の慈しみを軽んじて偽善を行う人たちがいます。それでも神は、慈しみをもって人を悔い改めに導かれ、罪から救われるのです。
3. 神はおのおのの行いに従って報いられる
神は、それぞれの行いに応じて、報いを与えられる方です。律法を教えられて律法によって生きる人たちも、律法を持たないが律法が教えるのと同じように生きる人たちもいます。悪を行う者には、苦しみと悩みがあり、善を行う者には、栄光と誉と平和があります。神は、どんな人も分け隔てなさらず、それぞれの行いに報いられるのです。
神が私たちを愛してくださり、罪の中にいる私たちを慈しみをもって悔い改めに導き、永遠の命を与えて神の愛の中に生きる者としてくださいました。

信じる人(2026.4.5)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

「私を見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。」(ヨハネ 20章29節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 イザヤ 35章1,2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 299 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 93編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 20章24節~29節
使徒信条 93-4 1A 一  同
演  奏 地よ、声高く告げ知らせよ アンサンブル・シオン
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「信じる人」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 197 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 聞いても信じない
イエス様は、死から復活されて弟子たちの前に現れました。弟子たちは、復活されたイエス様を見て喜びました。この日、トマスは一緒にいませんでした。弟子たちはトマスに「私たちは主を見た」とイエス様が復活されたことを伝えましたが、彼は信じませんでした。

2. 触らなければ信じない
トマスは、自分の指をイエス様の手の釘跡に入れ、手を脇腹の傷に入れなければ決して信じないと言いました。彼は、目で見るだけでなく、手で触れてみないと信じないと言ったのです。

3. 見ないで信じる人は幸いです
イエス様は、トマスが信じることができるように、彼がいる時に現れました。そして、トマスに指を手の釘跡にあて、脇腹に手を入れなさいと、触って確かめるように言われました。しかし、トマスはイエス様を見ただけで信じました。
そのトマスに、イエス様は「見ないで信じる人は、幸いである。」と言われました。今、私たちは、復活したイエス様を見ることはできません。しかし、私たちはイエス様のことを伝えられて、聞いて信じました。私たちは「見ないで信じる幸いな人」なのです。

復活であり、命であるイエス様を信じる(2026.3.29)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか。 (ヨハネ 11章26節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞  マタイ 21章9節b 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 309 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編92編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 11章17節~27節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 305(1.2.3) 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「復活であり、命であるイエス様を信じる」 仁科共子牧師
祈  祷
聖 餐 式 新49
賛  美 300 一同起立
感謝献金
聖歌隊賛美 305(4.5.6)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. ラザロの死
イエス様は、マリアとマルタの兄弟ラザロが病気だと聞きました。その時、イエス様は「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためである。」と言われました。しかし、イエス様がラザロの家に着いた時、彼は墓に葬られてすでに四日たっていました。

2. イエス様を出迎えたマルタ
マルタはイエス様を迎えに出て、「ラザロは死んでしまったけれど、イエス様が神様に願うことは必ずかなえてくださると信じている」と言いました。イエス様はマルタに「あなたの兄弟は復活する」と言われました。マルタは、「終わりの時に復活することは知っています。」と答えました。マルタには、イエス様にはどんなこともできる、という信仰がありました。しかし、イエス様のことを十分に理解できていませんでした。

3. イエス様を信じる者は死んでも生きる
イエス様は、「私は復活であり、命である」と言われました。イエス様が死に勝利し、永遠の命を与える方であると教えられたのです。
私たちも、イエス様が、永遠の命と復活の希望を与えてくださる方であると信じて、歩ませていただきましょう。

気前の良い主人から受け取る(2026.3.22)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

自分の分を受け取って帰りなさい。私はこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 (マタイ 20章14節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨハネ 3章16節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 120 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 91編
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 20章1節~16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「気前の良い主人から受け取る」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 436 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

Ⅰ. 労働者を雇うぶどう園の主人のたとえ
イエス様は、天の国を気前の良い主人にたとえられました。この主人は朝早く出かけて、1日1デナリオンの約束で労働者を雇いぶどう園に送りました。その後も何度か出て行って何人かを雇いました。

Ⅱ. 賃金を支払う
夕方になって、主人は労働者たちに賃金を支払いました。最後に来た人から順に支払われました。その賃金は皆同じでした。すると最初に来た人たちが主人に不平を言いました。自分たちは、一番長く働いたのでもっと多くもらえるだろうと期待したからです。しかし、主人は彼らを雇う時に約束した通りの賃金だから、不当なことはしていないと答えました。

Ⅲ. 気前の良い主人
ぶどう園の主人は、皆に同じように賃金を支払いたいのだと言いました。どれくらい働いたかではなく、主人の呼びかけに応じて働いたことに対して気前よく賃金を払ったのです。
神様の祝福は、私たちが何をしたかとか、どのくらいのことをしたとかによって与えられるのではありません。神様の招きに従って、言われたとおりに働く人たちに与えられます。気前よく与えてくださる神様の祝福を受け取りましょう。

福音は神の力(2026.3.15)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力です。(ローマ 1章16節b)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 1ペトロ 3章18節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 2 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 90編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 1章16節~32節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「福音は神の力」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 441 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. 神を認めようとしない者

パウロは、すべての人は神を知ることができると言います。神が造られたすべてのものに神の性質が現れているからです。しかし、人間は神を認めず、偶像を造って神として拝むようになりました。彼らは、神に信頼するのではなく、自分の知恵や力で生きているのです。

2. 神を認めない者の生き方

 神とは無関係に自分の欲のままに生きる人間は、悪いことを行うようになります。パウロは「不正、邪悪、貪欲・・・」と人間の悪い考え、悪い行いを挙げています。これは、神を離れて生きる者の姿です。

3. 信じる者すべてを救う神の力

福音は、イエス・キリストの十字架の死と復活です。イエス・キリストを信じることによって罪からの救いを受けることができます。人間は、自分の知恵や力では、罪の中にある生き方を変えることはできません。神の力が、イエス・キリストを信じる者を、罪から救い、神の前に正しい者として生かすのです。

イエス・キリストを信じる信仰によって、神のものとして生きる道を導いていただきましょう。

模範を示されたイエス様(2025.3.1)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

それで、主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきである。(ヨハネ13章14節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 イザヤ 42章1節a 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 205 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 87編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 13章1節~15節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野かをり副牧師
宣  教 「模範を示されたイエス様」 鎌野かをり副牧師
祈  祷
賛  美 487 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野かをり副牧師
後  奏

宣教要旨

1. イエス様の愛
イエス様は「ご自分の時」が来たことを悟り、弟子たちを最後まで愛し抜かれた。それは「最後まで」、「残ることなく示された」、「極みまで」愛する愛であった。イエス様はイスカリオテのユダが自分を裏切ろうとしていることを知っていたが、それでもユダを最後まで愛されたのである。そのような愛で、イエス様は私たちをも愛してくださっている。

2. 弟子たちの足を洗われるイエス様
イエス様は愛するとはどういうことなのか、模範を示すため、弟子たちの足を洗われた。上着を脱ぎ、手拭いを腰に巻かれて、奴隷の姿になられた。イエス様が弟子たちの足を洗う行為は、イエス様の十字架と復活を表している。誰でもイエス様の十字架を受け入れ、信じるなら罪赦され、きよい者とされる。

3. 互いに愛し合う
イエス様の十字架の死と復活によってもたらされた愛と命に生かされている私たちは、互いに足を洗い合うべき負債がある。私たちが互いに愛し合うならば私たちがイエス様の弟子であることを、皆が知るようになる。イエス様が示された模範に倣い、恵みによって互いに愛し合い、互いに仕え合う生き方をさせていただこう。

共に励まし合う(2026.2.8)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

あなたがたのところで、お互いに持っている信仰によって、共に励まし合いたいのです。( ローマ 1章12節b )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ローマ 5章5節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 4 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 84編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 1章8節~15節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「共に励まし合う」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 543 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. あなたがたについて神に感謝します
パウロは、イエス様を信じたクリスチャンたちがローマにいることを神様に感謝しています。それは、ローマという当時の世界の中心にもクリスチャンがいて、彼らの信仰が人々の前に証しされていたからです。

2. あなたがたのところに行くことを願っている
パウロは、ローマに行って、そこにいるクリスチャンたちに会うことを願っていました。自分に与えられている賜物を分け与えて力づけたいからですし、彼らからも信仰によって励まされたいからです。つまり、互いに励まし合うことを願っていました。

3. ローマでも福音を伝えたい
パウロがローマへ行くことを願っているもう一つの理由は、福音を告げ知らせるためです。どんな人にも福音を伝える責任を負っているからです。神様がローマにも教会を立てあげてくださったのだから、ローマの教会の人たちと互いに励まし合いながら福音を伝えていきたいと願っているのです。
イエス様を信じて生きる生活を続けていくためにも、与えられている使命を果たしていくためにも、互いに励まし合い、支え合っていくことが必要です。
私たちも信仰によって励まし合い、共に進ませていただきましょう。

与えられた分に応じて働く(2026.2.1)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

二人は、あなたがたを信仰に導くために、それぞれ主がお与えになった分に応じて仕える者です。      (1コリント 3章5節b )

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編 96編1節~2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 352 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 81編
会衆祈祷 一  同
聖  書 1コリント 3章1節~9節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「与えられた分に応じて働く」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 411 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. 成長させてくださるのは神
パウロの宣教によって始まったコリントの教会で、アポロもイエス様のことを語り、彼らを教えました。しかし、二人の働きはコリントの教会の人たちを「私はパウロに付く」「私はアポロに付く」と一致できない状況を招きました。パウロは、彼らがそのように互いに妬み、争うのは、成長していないからだと指摘します。そして、彼らを成長させてくださるのは人ではなく神だと教えます。

2.分に応じて仕える
パウロは自分を「植える者」、アポロは「水を注いだ者」だと、それぞれが違う役割を担っていたのだと語りました。それぞれは神が与えられた分に応じて働いているに過ぎないのです。

3.神の協力者
ですからパウロもアポロも神が教会を成長させるために、神が備えた、神と共に働く協力者です。

私たちもイエス様を信じて使命と賜物が与えられています。自分に与えられている分に応じて働き、互いに仕え合い、神の協力者として教会が成長していくために用いていただきましょう。

神が一緒にいる生活(2026.1.25)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」これは、「神は私たちと共におられる」という意味である。(マタイ 1章23節 )

礼拝順序

前  奏
招  詞 テトス 2章11節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 464 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 80編
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 1章18節~25節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 396
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神が一緒にいる生活」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 493 一同起立
感謝献金 新272(聖歌隊)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. 聖霊によって
イエス様の誕生は、神様の約束が実現するためでした。そのために選ばれて母となるマリアは、聖霊によってイエス様を身ごもりました。マリアの婚約者であったヨセフにも、主の天使によって「マリアに宿った子は聖霊の働きによる」と告げられました。天使はさらに「その子が民を罪から救う者となる」と、マリアが産む男の子が神様の約束されたメシア(キリスト)であると伝えました。

2. イエス様によって神と共にいる
人間は、自己中心で神様を知ろうとせず、神様に従わないで生きています。つまり、神様に対する罪の中に生きているのです。そのままでは、神様と一緒にいることができません。イエス様は、罪の中に生きている人間が、神様と共にいることができるようになるために、この世に来てくださったのです。
神の御子であるイエス様が、人間としてこの世に生まれてくださり、人間として私たちの身代わりに十字架で死んでくださいました。そして、死から復活されました。ですから、イエス様を信じるなら、罪の中から救い出されて、永遠の命が与えられ、神様と一緒にいる者となります。
イエス様を信じて、神様がいつも一緒にいてくださる生活を歩ませていただきましょう。

イエス・キリストのものとなった(2026.1.18)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

あなたがたも異邦人の中にあって、召されてイエス・キリストのものとなったのです。(ローマ 1章6節 )

礼拝順序

前  奏
招  詞 2コリント 5章17節 司 会 者
頌  栄 265 一同起立
賛  美 4 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編78編1節~14節
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 1章1節~7節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「イエス・キリストのものとなった」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 461 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

パウロは、手紙の始めに「キリスト・イエスの僕」であると自己紹介をしています。イエス・キリストを信じる人たちを迫害していた者が、今はイエス・キリストの僕となって神の福音のために働く者となっていると言うのです。

2. 御子によって恵みを受ける

パウロは、「神の福音」は神が預言者を通して約束された御子に関するものである、と説明します。御子は、預言されたように「ダビデの子孫」として生まれ、復活によって「力ある神の子」と定められました。福音は、御子イエス・キリストによって与えられる神様の恵みです。パウロは、御子イエス・キリストによって恵みを受け、使徒とされて福音を伝える者となりました。

3. 召されてイエス・キリストのものとなった

ローマの教会の人々の多くは、神様に従わない生き方をしていた異邦人でした。しかし、そこから召されて、イエス・キリストのものとなったのです。彼らは、御子イエス・キリストを信じて生きる人生へと導き入れられました。

私たちも、イエス・キリストを信じて、神様に愛され、聖なる者として召されています。イエス・キリストのものとしての歩みを導いていただきましょう。

神の恵みによって、神に喜ばれる歩みを(2026.1.4)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

イエス・キリストは、昨日も今日も、また永遠に変わることのない方です。(ヘブライ 13編8節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編29編2節 司 会 者
頌  栄 120 一同起立
賛  美 16 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編75編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヘブライ 13章7節~16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神の恵みによって、神に喜ばれる歩みを」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 605 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 神の言葉を語った指導者たちの信仰に倣う
イエス様を信じて生きる人たちに、指導者たちの信仰に倣うようにと勧めます。神の言葉を教えた指導者たちは、信仰の模範となる人たちです。しかし、この人たちも、その生涯を終えていきます。それでもなお、私たちには永遠に変わることのないイエス様を模範として信仰の歩みを続けることができます。

2. 恵みによって心を強める
イエス様を信じて生きる人たちの心を強めるのは、食物の規定に従うような異なる教えではなく、神様の恵みです。神様の恵みとは、イエス様の死によって聖なる者とされることです。

3. 神に喜ばれるいけにえを献げる
イエス様を信じて生きていく人は、神様の喜ばれるいけにえを献げます。そのいけにえは、神様の御名をほめたたえる賛美と善い行いと施しです。

イエス様の十字架の死によって、私たちは聖なる者とされました。イエス様を通して、神様に喜ばれる歩みを導いていただきましょう。

どのような時にも霊によって祈りましょう(2025.12.28)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

どのような時にも、霊によって祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。 ( エフェソ 6章18節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編124編8節 司 会 者
頌  栄 265 一同起立
賛  美 16 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編74編1節~17節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章10節~20節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「どのような時にも霊によって祈りましょう」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 497 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 主にあって強くありなさい
悪魔の策略に対抗していかなければならないので、パウロは、主にあって強くありなさいと勧めます。私たちの力では、立ち向かうことができないからです。主の力があってこそ、私たちは悪魔に対抗することができるのです。

2. 神の武具を身に着ける
パウロは、悪魔に対抗し、しっかりと立つことができるように「神の武具」を身に着けなさい、と語ります。パウロは、6つの武具をあげています。帯、胸当て、履物、盾、兜は、攻撃を防御するためのもので、剣は、戦うための武器です。この世にあって悪魔の攻撃に対抗するためには、「神の武具」を身に着けることが必要です。

3. 霊によって祈り続けなさい
神の武具で武装した私たちは、祈ります。パウロは、霊によって祈りなさいと教えました。霊によらなければ、私たちは、どのような時にも祈り、すべての聖なる者たちのために祈り続けることができません。

私たちも神の武具を身に着けて、悪魔の攻撃に抵抗し、どんなときにも聖霊によって祈り続けることができる者として歩ませていただきましょう。

イエス様への誕生日プレゼント(2025.12.21)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 (マタイ 2章11節b )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨハネ 3章16節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 278 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編73編1節~17節
会衆祈祷 一  同
演  奏 アンサンブル・シオン
聖  書 マタイ2章1節~11節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 271
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「イエス様への誕生日プレゼント」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 259 一同起立
感謝献金
聖歌隊賛美 251
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. ヘロデ王とエルサレムの人々は不安を抱いた
イエス様が生まれたとき、東方から博士たちがエルサレムに来て、ユダヤ人の王として生まれた方を拝みに来たと言いました。これを聞いたヘロデ王は、不安を抱きました。自分の地位が脅かされると考えたからです。彼の不安は、エルサレムの人々もまきこみました。

2. ヘロデ王の策略
ヘロデ王は、祭司長たちを集めて、メシアが生まれるのはどこかと聞きました。祭司長たちは、預言者の言葉から、ベツレヘムだと伝えます。ヘロデ王は、自分の地位を脅かすものを排除しようと考えました。彼は、自分も拝みに行くと博士たちをだまし、見つけたら知らせるようにと言って送り出しました。

3.博士たちは幼子を礼拝し、贈り物を献げた
博士たちがベツレヘムへ向かおうとすると、東方で見た星が再び現れて彼らを導きました。博士たちは、幼子イエス様を見つけ、礼拝しました。そして、持ってきた宝物を贈り物としてイエス様に献げました。遠くから来た博士たちがイエス様の誕生を喜んで、贈り物をしたのです。
私たちも、私たちのためにこの世に生まれてくださったイエス様に、喜びと感謝のプレゼントを献げましょう。

恵まれた人(2025.12.7)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」          (ルカ 1章28節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 イザヤ 60章1節、2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 16 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編  71編1節~15節
会衆祈祷 一  同
聖  書 ルカ 1章26節~38節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「恵まれた人」 仁科共子牧師
聖 餐 式 新49
祈  祷
賛  美 175 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 考え込んだマリア
天使ガブリエルは、神様からマリアというおとめのところに遣わされ、彼女に言いました。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアは、突然現れた天使に驚き、言われた言葉に戸惑いながらもその意味を考えました。天使が、神様からの何か特別なことを伝えようとしているのだと思ったのでしょう。

2. 神から恵みをいただいた
天使は、「恵まれた方」とマリアに語りかけ、続いて「あなたは神から恵みをいただいた。」と言いました。その恵みとは、マリアが「神の子」と呼ばれる男の子を産むということです。マリアから生まれる子が救い主となる方だと告げられたのです。

3. お言葉どおり、この身になりますように
マリアは天使が伝えた神様の言葉をしっかりと受けとめました。天使が「聖霊があなたに降り、神の力があなたを覆う」ことによって男の子を産む、と言ったことを、神様の言葉として信じ、そのとおりに成るようにと応えたからです。
神様の言葉を信じ、従う人は「恵まれた人」です。神様からの恵みによって日々歩ませていただきましょう。

神の平和が心を守る(2025.11.16)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

そうすれば、あらゆる人知を超えた神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスにあって守るでしょう。( フィリピ 4章7節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編  68編20~21節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 493 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編  66編1~12節
会衆祈祷 一  同
聖  書 フィリピ 4章4節~9節
使徒信条 93-4 1A 一  同
信仰の体験談、賛美
演 奏
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神の平和が心を守る」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 532 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 主にあって
パウロは、フィリピの教会の人たちに「いつも喜びなさい」と勧めました。いつも喜ぶというのは、私たちには難しいことです。喜べないときもあるからです。パウロは、「主にある」ならいつも喜ぶことができると教えています。「主にある」というのは、いつもイエス様と一緒にいるということです。私たちが努力してイエス様のところにいるのではありません。イエス様が、私たちと一緒にいて喜びを与えてくださるのです。

2. 神に打ち明ける
私たちは、毎日の生活の中でたくさんのことを思い煩います。パウロは、その思い煩いを、神様に打ち明けなさいと教えます。「何事も」「どんな場合も」と思い煩うこと全てを一つ一つ神様に伝えなさいと言っています。

3. 神の平和が心と考えを守る
私たちがすべてのことを神様に祈るなら、人知を超えた神様の平和が私たちの心と考えを守って、思い煩わなくてもよいようにしてくださいます。神様は、私たちと一緒にいてくださるイエス様によって祈りに答えてくださいます。
神様の平和に心を守っていただく日々を歩ませていただきましょう。