礼拝メッセージ」カテゴリーアーカイブ

キリストに属する者(2023.1.29)

聖 書

神から出た者は神の言葉を聞く。(ヨハネ8章47節a)

礼拝音源(29.5MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 イザヤ43章1節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編14編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ8章39~47節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「キリストに属する者」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 459 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

私たちは、主イエスへの信仰によって「神によって生まれた」のであり(ヨハネ1章12~13節)、「神から出た者」(46節)すなわち「神に属する者」です。このことを信じて歩む私たちは、どのように新しく造り変えられ続けていくのでしょうか。

1.キリストを愛し続ける  42節
「アブラハムの子」であるユダヤ人は、この時「罪の奴隷」(34~35節)であり、悪魔の「偽り」の誘惑によって主イエスを「殺そう」としていました(39~41節、44節)。
それに対して、主イエスを遣わしてくださった神を父と呼ぶ者は、主イエスを愛する者たちでした(42節)。しかも、神から生まれた者は、同じように神から生まれた者たちを愛するのです(1ヨハネ5章1~2節)。キリストに属する者たちの群れである教会は、主イエスを愛し、兄弟姉妹を愛することを使命とするのです。

2.主の御言葉に聞き従い続ける  47節
主イエスを愛することは、主イエスが語られる言葉が分かるのです(43節)。それは、主イエスが語られることに、耳を傾けて聞こうとするからです。しかし、主イエスを愛することができないでいると、主イエスが神から示された真理を語っておられるので、主イエスを信じようとしないで心を閉ざすのです(45~46節)。
ですから、「神から出た者は神の言葉を聞く」のです(47節)。そして、「神から出た者」が語ることに耳を傾けるのです(1ヨハネ4章6節)。主イエスは、今も愛と忍耐をもって語り続けておられます。私たちは、それに応答して、聞き分ける力、聞こうとする力が大切なのです。

自由への招き(2023.1.22)

聖 書

「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にする。」(ヨハネ8章32節)

礼拝音源(29.5MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 2コリント5章17節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編8編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ8章31~38節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「自由への招き」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 432 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

人間は真理を探究することによって、無知や偏見や迷信と言った不自由さから解放されてきました。それでは、「真理はあなたがたを自由にする」(32節)と語られた主イエスは、どのような自由へと招かれるのでしょうか。

1.真の自由はここに 32~36節
私たちは、政治的・社会的・経済的自由を経験するようになりました。しかし、人間は、人を愛する自由、赦す自由といったことに対しては不自由さの中に閉じ込められています。神に選ばれたアブラハムの子孫は、偶像と悪意の「罪の奴隷」となっていました(33節、37節)。私たちも同様に、罪の習慣の中にあって「罪の奴隷」状態です(34節)。
しかし、主イエスの十字架と復活によって、ビクビクしながら生きていく罪の奴隷から解放されて自由となり、親のふところに抱かれた幼子のように神の子どもとされて自由に神に近づく者となるのです(35~36節)。

2.真の自由を得るには 30~31節、37節
ところで、「多くの人がイエスを信じた」(30節)のですが、それは一時的なものであり、そこには主イエスを殺そうとする思いが潜んでいて(37節)、主イエスを信頼して歩んでいこうというものではありませんでした。ですから、主の御言葉に「とどまる」、主イエスに学び続ける「弟子」として歩み出す(31節)、主イエスの御言葉を全く信頼して受け入れていることが必要なのです(37節)。
一人ひとりは、主イエスの救いの御業とその約束の御言葉の中に救いのすべてがあることを信じ自らを任せた時に、「本当に自由になる」のです(34節)。

聖なる者となる(2023.1.15)

聖 書

直ちにこの民を清め、言いなさい。あなたがたは、明日に備えて身を清めなさい。(ヨシュア7章13節ab)

礼拝音源(29.3MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨシュア1章5節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編4編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ40章27~31節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「聖なる者となる」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 521 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

主なる神は、イスラエルの民に救いの恵みを成された時から(出エジプト12章2節、16節)、彼らと常に「共におられ」、信仰の戦いに勝利する「聖なる者」として導かれました(レビ11章45節、ヨシュア1章5~6節)。ここでは、不信仰との戦いがあります。

1.敗北がもたらすもの  1~12節
民たちは、エリコでの大勝利を経験しましたが、続くアイでは思わぬ敗北をしました(2~5節)。そこには、彼らが「主」の前に出ている姿勢が見られません。主の導きに従う信仰が必要だったのです。
そこでヨシュアは、主の前にひれ伏し、深い悔い改めの祈りをしました(6~9節)。それに対して、主はヨシュアを責めることなく、「立ちなさい」との御声をかけられたのです(10節)。こうしたことを通して、主が共におられることを確信するに至っています(11~12節)。ここに、敗北の中に一筋の光が射し込んできた恵みがあります。

2.真の勝利がもたらすもの  13~26節
直ちにヨシュアは、民が身を清め、敗北の原因であるものを取り除くことを命じています(13~15節)。そして彼は、御言葉から離れたアカンの罪を指摘し(6章18節)、かたくな心を悔い改めへと導きました(16~21節)。主は、一人ひとりの魂に御言葉の光を注いで探られます(創世記3章1~8節、詩編119編9節、11節)。このようにして、アカンの罪が取り除かれるまでは、勝利を与えられませんでした(22~26節)。
私たちは、主イエスの十字架に贖いのゆえに「聖なる者」とされたのですから、罪から離れ、汚れからは清められ続ける必要があるのです。

主を待ち望む(2023.1.8)

聖 書

しかし、主を待ち望む者は新たな力を得 鷲のように翼を広げて舞い上がる。走っても弱ることがなく歩いても疲れることはない。 (イザヤ40章31節)

礼拝音源(31.7MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 イザヤ43章18~19節ab 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編2編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ40章27~31節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「主を待ち望む」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
1月誕生者祝福 2コリント4章16節
賛  美 474 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

イザヤ書は、過去から将来にわたる神の救いをパノラマのように展開しています。そこでイザヤは、神の民に呼びかけ、神からの希望のメッセージを告げているのです。ここでは「主を待ち望む」とはどういうことなのかを語っています。

1.永遠の神の慰めによって
神の民たちは、先の見通しが立たない重苦しい状況に置かれると、神への信仰は鈍ってきたり、信頼を失ってしまったり、捨ててしまう人々が起こってきました(27節)。
それに対して神はイザヤを通して、「慰めよ、慰めよ、私の民を」(40章1節)と、罪を悲しみ、悔い改めて救われるようにと語られたのです(マタイ5章4節、ルカ2章25~32節参照)。その慰めは、解放者の慰め(40章2~5節)、羊飼いのような慰め(同6~11節)、創造者の慰め(同12~26節)、永遠の神の慰め(同27~31節)です。
今も変わることのない主イエスの十字架と復活による救いこそが、私たちの揺るがない希望の根拠です(2コリント1章5節、9~10節参照)。

2.絶えず新たにされていく
神は、疲れ果てた者に力を与え、弱り果てた者を引き起こしてくださいます(28~29節)。そして、生まれつきの力や若さが失われても(30節)、「主を待ち望む者は新たな力を得」ることができます(31節)。永遠の神は、私たちを造り直し、造り変えてくださる再創造者なのです。
私たちは神の前に開かれた心をもって、神のもとにひれ伏すならば、永遠の神によって新しくされ続け、力を与えられ、真の慰めを知るのです。信仰の翼を広げましょう!

新しい始まり(2023.1.1)

聖 書

見よ、私は新しいことを行う。今や、それは起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。
確かに、私は荒れ野に道を 荒れ地に川を置く。(イザヤ43章19節)

礼拝音源(29.9MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編96編1〜2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編1編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ43章18~21節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「新しい始まり」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 368 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

 旧約聖書に登場する預言者たちは、主の慈しみと憐れみと真実に揺るぎない確信を見いだし(哀歌3章22~23節)、主が絶えず「新しい」御業を成されることを期待しつつ語っています(19節)。そのことは、主イエスの救いへの揺るがない確信へと導かれます。
1.「これまで」の主の恵みを忘れないで
 イザヤは、慈しみと憐れみと真実の主こそが、創造主(21節)、贖い主(14節)、イスラエルの聖なる方(14節)、救い主(3節)と証言しています。
神の民は、かつてこの主によって出エジプトに見る神の救いを経験しました。ところが、彼らはいつの間にか、その救いの御業を忘れて主に対する信頼を失い、過去の栄光の上にあぐらをかいていました。そこで、先にあったかつての出エジプトの救いを忘れないで、かつ主が新しい御業を成してくださることに応答するように勧めているのです(18~19節)。それは私たちの主イエスの救いの恵みに生きることにおいても同様です。

2.「これから」の主の恵みに期待して
 続いて主は「今や、それは起ころうとしている」(19節b)と語られ、主の新しい御業に対して期待を持つように、主への信頼を促しておられます。「新しいこと」とは、歴史的にはバビロン捕囚からのペルシャによる解放を(44章28節~45章1節)、預言的には罪と死の支配下にある人類の救いを成し遂げられた主イエスの救いを預言しています。
 私たちは、過去の経験に立てこもって主の御業を限定するのではなく、主が成し遂げられる新しい御業を期待しながら、主に従っていくのです。そのようにして、新しい始まりを見る信仰につなげていくのです。

主は来ませり(2022.12.25)

聖 書

初子の男子を産み、産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる所がなかったからである。(ルカ2章7節)

礼拝音源(31.8MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨハネ3章16節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編98編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ルカ2章1~20節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「主は来ませり」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
洗 礼 式 67
賛  美 268 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

主イエスの降誕の出来事が、世界史的な出来事の中に位置づけられています(1~3節)。「すべての民に与えられる大きな喜び」(10節)の知らせだったからです。主イエスこそが、歴史の中心、すべてのものの中心、私たちの中心なのです。

1.へりくだって救い主を見る  1~7節
神の御子の誕生を迎えた地上での最初の場所が「飼い葉桶」でした(7節)。これほどまでに、主イエスは貧しい者の姿をとって来てくださり、私たちの救いを成し遂げられたのです。
このように「飼い葉桶」に寝かされている幼子を「救い主」として明らかにすることにより、私たちの「心の飼い葉桶」のような頑なな心を砕き、閉じた目を開かせ、驚くべき救いに目を注ぐように促しておられます。私たちは、へりくだって悔い改め、救い主を仰ぎ見るのです。ここに、クリスマスを祝う幸いがあります。

2.喜びの知らせを受け取る  8~20節
救い主の降誕の出来事から最も遠いところにいると見られていた羊飼いのもとに、「救い主」の誕生という福音が告げられました(10~12節)。それにより、天での栄光が地での平和に結び合わされる喜びの賛美となりました(13~14節)。
「今日」(11節)は神の救いが起こる「今日」であり(ルカ19章9~10節、23章43節)、私たち一人ひとりが受け取らなければならないものです。そこから、礼拝の人生また主への賛美の人生という新しい日常が始まります(15節、20節)。十字架にお架かりくださった「救い主」が、「飼い葉桶」の中に降誕されたのですから(7節、12節、16節)。

仰ぎ見よう(2022.12.18)

聖 書

地の果てのすべての者よ 私を仰ぎ、救われよ。私は神、ほかにはいない。(イザヤ45章22節)

礼拝音源(26.7MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 テトス2章11節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編113編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ45章22~25節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「仰ぎ見よう」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 441 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

神は、御自身の民の歴史を通して、「私は神、ほかにはいない」と繰り返し語られています。その神に近づき(20節)、神に聞き(21節)、神を仰ぐように(22節)勧められます。
このように神に向き合う私たちの姿勢は、今も変わることがありません。
1. 神は、「地の果てのすべての者よ」と招いておられます(22節)。確かに神は、ユダヤ人たちを特別に神の民として選ばれ、アブラハムを祝福の基とされ、出エジプトによる神の救いをなし、バビロン捕囚からの回復の御業をなされました。しかし、この神の好意ある招きは、異邦人にも及んだのです。
そして神の御子の降誕に際して、羊飼いたちに語られたメッセージに(ルカ2章10~11節)、老人シメオンが賛美したこと(同2章30~32節)などにも証しされています。クリスマスは、神が罪に堕落したすべての人を信頼された出来事なのです(ヨハネ1章9節)。

2.神に目を転じるのは「あなた」である
イザヤ書が語る信仰は、神に自分自身を安んじて任せることです(7章7節、30章15節)。ここでは、そのことを「仰ぎ」見ると語ります。仰ぐとは、目を転じることであり、今まで見ていたものから、目を転じて神を見ることです。
最初の人アダムとエバは、罪を犯した途端に、神を仰ぎ見ることができなくなりました(創世記3章8節)。目を転じて十字架上の主イエスを仰いだ犯罪人は、永遠の救いに与りました(ルカ23章42~43節)。
信仰とは、仰ぎ見ることです。仰ぎ見る日々の連続が、仰ぎ見る生涯となるのです。

望んで待つ(2022.12.11)

聖 書

一人のみどりごが私たちのために生まれた。
一人の男の子が私たちに与えられた。主権がその肩にあり、その名は
「驚くべき指導者、力ある神 永遠の父、平和の君」と呼ばれる。(イザヤ9章5節)

礼拝音源(33.2MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 1テモテ1章15節a 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編146編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ8章23節~9章6節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「望んで待つ」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 247 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

クリスマスは、歴史の悲惨、社会の悲痛、人類の失敗、人間の罪がもたらす苦悩と言ったうめき苦しむ人間に対して、神の御業が現わされた出来事です。それによって、私たちに与えられている希望とは何かを明らかされたのでした。
1.希望の先取り  8章23節~9章4節
アッスリアによって崩壊させられた北イスラエルにあった「異邦人のガリラヤ」は、ユダヤの中心からみても辺境の地であり、人々が恐れと不安に包まれ、希望を抱くことのできない暗黒の地でした(8章22節)。「しかし」闇と死の支配にあったガリラヤの人々は、大いなる光を見、その上に光が輝き、喜び躍り、勝利を得たのです。
同様な出来事は、今日にいたるまで歴史の中に働かれた神の御業として現れ、罪と死の支配にあった私たちに及んだ神の救いの御業です(マタイ4章14~17節)。幸いな人は、この神に望みを置き(詩編146編5節)、希望の先取りをする人です。

2.希望の実現  9章5節~6節
「私たちのために生まれた」「私たちに与えられた」幼子は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」として主権をお持ちの神であり、救い主イエス・キリストにおいて実現したのです(5節)。この救い主こそが、変わることのなく全存在をかけて一人ひとりに熱情を注ぎ、その十字架の御業を通して、私たちの不安や恐れそして罪と死の闇の力から解き放ってくださいました(6節)。
この事実の前に、私たちの悔い改めは深まり、主イエスへの信頼と従順も深まっていきます。ですから私たちは、回心の深まりを経験することが求められています。

信じて待つ(2022.12.4)

聖 書

それゆえ、主ご自身があなたがたにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。(イザヤ7章14節)

礼拝音源(35.0MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 マルコ1章15節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編138編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ7章3~17節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「信じて待つ」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
12月誕生者祝福 コロサイ3章15節
賛  美 231 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

待降節のこの時節は、待つことを経験する日々です。それは、神の御子の到来を信じ、待ち続けた人々の歩みに連なることです。そして、神の約束の確かさに対して、神への信仰を広げることが求められています。

1.神の約束の確かさ
ユダの王アハズの時、隣国アラムとエフライムが同盟し、ユダに攻めてこようとしました。その民の心は動揺します。預言者イザヤは、「インマヌエル(神は私たちと共におられる)」との約束に立って、この難局に勝利するように語ります。「インマヌエル」の約束の確かさは、歴史を通して神が証ししてこられたからです(イザヤ41章10節)。
このインマヌエルの約束は、主イエスにおいて実現しました(マタイ1章21~23節)。私たちは、十字架による救いの道を開いてくださった主イエスによって、神と共にいることができるようになったのです。

2.約束してくださった神への信仰
共におられる神は、いかなる時にも決して下手なことはなさいません。ですから、静まって主の前に信じて待ち望みつつ、恐れずに御言葉に自らの根拠をおき続けることが必要なのです(4節、9節)。
信じて待つことは、信仰者一人ひとりと教会の信仰の大切な姿勢です。聖書が語る信仰の世界は大きくかつ広く豊かな世界です。「魂に救いを得て」いますので、「言葉に尽くせないすばらしい喜びに溢れて」いるからです(1ペトロ1章8~9節)。私たちは、この主イエスを信じる信仰に連なっているのです。

主の来臨の待望(2022.11.27)

聖 書

主の恵みの年と 私たちの神の報復の日とを告げ すべての嘆く人を慰めるために。(イザヤ61章2節)

礼拝音源(36.9MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ローマ13章12節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編130編
会衆祈祷 一  同
聖  書 イザヤ60章19節~61章4節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「主の来臨の待望」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
聖 餐 式 新49
賛  美 236 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

待降節から降誕節に向かうこの時節は、一年の中でも最も喜ばしい時です。私たちがこの「待降節」を過ごすときに、主イエスの来臨をどのように待望するのでしょうか。そこには、どのような意味があるのでしょうか。

1.二つの待望
イザヤ書は、神の御業を全歴史を貫いて預言しています。特に、救い主の二つの来臨が、さながら一つの来臨のように重なって語られています。第一の来臨(61章1~2節a、ルカ4章16~21節)、続いて第二の来臨(61章2節b~4節)と預言されています。
待臨節は、かつて来臨された御子イエスの御降誕を想い起しつつ待ち望み、やがて主イエスが再び来臨されることを期待しつつ待ち望み、心を向ける時節です。ですから、御子の御降誕を想い起して感謝の祈りをささげ、再び来臨される主イエスに対する待望信仰を抱いて備えるのです。

2.二つの時を待望しつつ
主イエスは、第一の来臨によって、私たちに仕えて救うために来られした。その極みが主イエスの十字架と復活の御業に現されました。第二の来臨は、栄光の王が栄光のうちに来られ、神の救いは完成し、神の栄光が輝き現れるのです(60章19~22節)。
その中心におられるのは、ただ一度限りの永遠の贖いの御業を成し遂げてくださった「神の小羊」である主イエスです(61章1~2節、ヨハネの黙示録21章22~23節、22章3~5節)。この御方こそが、永遠に変わることなく、信仰者を永遠の交わりの中に導かれるのです(61章3~4節)。

キリストを知る(2022.11.20)

聖 書

そこで、イエスは言われた。「あなたがたは、人の子を上げたときに初めて、『私はある』ということ、また私が、自分勝手には何もせず、父に教えられたとおりに、話していることが分かるだろう。 (ヨハネ8章28節)

礼拝音源(31.0MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 1ヨハネ3章16節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編116編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ8章21~30節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「キリストを知る」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 303 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

聖書は、私たちに人生の損益勘定をするように勧めています(マタイ16章26節)。パウロは、この計算に強かった人です(フィリピ3章7~8節)。そこで彼は、キリストを知ることが、人生最大の得をもたらすことだと語っています。

1.キリストは何者か
ユダヤ人たちは主イエスに、「あなたは一体、何者なのか」(25節)と問いかけています。それに対して、主イエスは、御自身が神であり(23節)、父なる神と共におられ、その御心に適うことを行われ(29節)、何よりも十字架に上げられることにより(28節)、誰も代わることができない死を遂げられる(21節)ことを明らかにされました。
主イエスの十字架の死こそが、私たちに罪の赦しを与える神の愛の勝利の御業でした(ルカ23章34節)。この高価な犠牲による赦しがなければ、私たちは自分の罪のために滅びるしかなかったのです。

2.人は何者なのか
主イエスは、人は「自分の罪のうちに死ぬ」(21節、24節)と繰り返し語られました。悔い改めないままで、闇の中を歩んでいたからです(23節)。そのままにとどまるならば、永遠の滅びにいたる致命傷を負うことになります。その罪を自覚させ、そこからの救いをもたらすために、「私はある」と言われる主イエスが、十字架の死を通して、私たちが「罪のうちに死ぬ」ことのないようにしてくださったのです(24節、28節)。
主イエスは、「罪のうちに死ぬ」ことのない救いの恵みを与えていてくださいます。私たちは今、その主イエスを信じる信仰をもって応答するのです(エフェソ2章8節)。

光が見えていますか(2022.11.13)

聖 書

イエスは再び言われた。「私は世の光である。私に従う者は闇の中を歩まず、命の光を持つ。」(ヨハネ8章12節)

礼拝音源(30.4MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編118編23〜24節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編8編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ8章12~20節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「光が見えていますか」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
幼児成長祝福式 484(口語訳)
賛  美 503 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

神に創造された私たちは「光」が必要です(創世記1章3節)。ですから「まことの光である」主イエスを通して、闇を照らしてくださいました(ヨハネ1章9節)。では「私は世の光である」(12節)と言われた主イエスと私たちは、どういう関係なのでしょうか。

1.キリストに導かれて
この時ヨハネは、出エジプトによる神の救いと、その後の40年間の荒れ野を導かれた神の御業を想起しています。神は民にパンと水を与えて養われましたが、今や主イエスが「命のパン」(ヨハネ6章31~35節)となられ、「生ける水」(同7章37~38節)となられて養い続けていてくださいます。また、神は民を雲と火の柱をもって導かれましたが、今や主イエスは「世の光」として導かれます。
宗教家たちは、このように自己証言しておられる主イエスが受け入れられませんでした(14~18節)。神に対して心と魂の目が開かれていなかったからです(19節)。
しかし私たちは、罪と死の闇から救われ、「命の光」の中に立って歩むのです。

2.キリストに従い続けて
そして私たちは、「私に従う者は闇の中を歩まず、命の光を持つ」と約束される主イエスに従う歩みをします。ちょうど、神が民を荒れ野で導かれ際に、民が信仰によって従ったようにです(民数記9章15~23節)。
そして、主イエスが「世の光」ですから、私たちはその光を受けて、受けた「命の光」を輝かすのです。そのようにされるのは、主の恵みによるのですから、「命の光」を高くかかげるのです。

永遠につながる人生(2022.11.6)

聖 書

朝には、あなたの慈しみに満たされ すべての日々を楽しみ、喜ぶことができますように。 (詩編90編14節)

礼拝音源(31MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編68編20〜21節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編23編
会衆祈祷 一  同
聖  書 詩編90編1~17節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「永遠につながる人生」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
11月誕生者祝福 2コリント4章16節
賛  美 226 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

詩編は、神による人生は幸いなものであり(1編1節)、嘆きも神への感謝となって讃えているものが多くあります(150編6節)。同じように本編は、嘆きから讃美へ、そして永遠につながる人生の幸いを歌っています。

1.神に生かされている幸い  1~6節
詩人は、神を「あなた」と愛情をこめて讃えています(1~2節)。それは、「私はあなたがたを友と呼んだ」(ヨハネ15章15節)と言われる主イエスに対して、私たちが呼びかける信仰の言葉です。続いて神は、人は神に生かされていることを明らかにされ(3~6節)、その人生は意味をもって与えられている重い一生であることを伝えられました。

2.神に知られている幸い  7~12節
神は、人のすべてを知っておられます。何よりも過ちや罪を知っておられますから、十字架の贖いによって罪を赦してくださいました(7~8節)。十字架は神の祈りであり、この祈りだけが人を救いえるのです。また、人が生きる年数は限りがあり、突然のようにして終わりを告げられます(9~10節)。それは、私たちには天に至るステップですから(2コリント4章14~15節)、残された日々を感謝して生きるのです(11~12節)。

3.神の慈しみに生かされ続ける幸い  13~17節
神は、朝の目覚めとともに、神の慈しみを思うようにしてくださいます(14節)。そして、神の慈しみに満たされているならば、今この時も神が備えていてくださる働きに、胸を張って生きるのです(17節)。その恵みと慈しみに追われる日々は無駄ではありません(詩編23編6節)。そこには、永遠につながる人生があります。

真実な同伴者キリスト(2022.10.30)

聖 書

二人は互いに言った。「道々、聖書を説き明かしながら、お話しくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか。」(ルカ24章32節)

礼拝音源(25MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 2コリント5章17節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編103編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ルカ24章13~32節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 川原﨑晃主管牧師
宣  教 「真実な同伴者キリスト」 川原﨑晃主管牧師
祈  祷
賛  美 493 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 川原﨑晃主管牧師
後  奏

宣教要旨

私たちの歩みは、主イエスによって生かされ、導かれていることを知ることが大切です。そうするならば、今この時が確実に変わってくるし、生きる勇気が湧いてきます。そして、将来に望みを持った生き方が開かれてきます。

2.キリストは生きておられる 13~27節
エマオ途上の二人の弟子は、主イエスに望みをおいて従って来ましたが、エルサレムで十字架に架かられて死なれた出来事のゆえに、人生をかけた望みを挫かれ、途方にくれて失意の中にいました。主イエスが分からなくなっていたのです。そんな彼らに、復活された主イエスが近づいて来られ、語りかけられました(15~17節)。そして、御言葉を解き明かしてくださいました(25~27節)。
今も復活された主イエスは、様々なことで不安と恐れの中にいる私たちに近づき、語りかけられます。生きておられる主イエスを知ることは、幸いです(箴言3章6節参照)。

2. キリストは共に歩んでくださる  28~32節
主イエスは、どこまでも御自分のほうから近づいて、一つのかたまりのようになって二人の弟子と共に歩んでくださいました(15節)。そして、十字架と復活を中心にして御言葉を解き明かしてくださいます。その時、途方にくれていた者の目を開いて、主イエスを分からせてくださるのです(30~32節)。
そのためには、私たちが「無理に引き止め」るようにして主イエスと共に歩み出すことが必要です(28~29節)。このように、今も生きておられる主イエスを信じることは、このお方を受け入れることなのです。

何につながっている?(2022.10.23)

聖 書

私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。私を離れては、あなたがたは何もできないからである。(ヨハネ15章5節)

礼拝音源(44MB)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨハネ3章16節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編100編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ15章1~10節
使徒信条 93-4  1A 一  同
牧会祈祷 光田隆代師
宣  教 「何につながっている?」 光田隆代師
祈  祷
賛  美 新332 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 光田隆代師
後  奏

宣教要旨

あなたは誰の影響、また、どのような情報の影響を強く受けているでしょうか。今日のテキストは、神があなたの人生の主人であり、主イエスはあなたを育てる命であると示されています。ぶどうの木の目的が実を結ぶためであるように、あなたに対する神のご期待もあるのです。

1.剪定の目的 2節
神は人を神と同様の慈しみ深く生きる存在として造られました。もし、あなたの生き方から優しい愛が感じられないならば、神の剪定が必要です。聖書で言う罪の洗いです。なぜなら、罪はあなたを神の祝福から引き離す原因だからです。

2.神の養い 9節 
キリストの十字架は、罪の刑罰をキリストが身代わりに背負って死なれたことを教えています。神は、捨てられるべきあなたを救うために来られました。そして、神の愛に養われ続けるように導かれます。ここでは神の愛の中に留まることが、その樹液に与ることです。よい実を結ぶ条件は、御言葉に養われ、神の愛に育てられることと言えます。

3.祈りの応え 7節
ここに、神との強いつながりを持ち続けるために「祈り」の道が備えられていす。神は祈りをお聞きになります。答えが何で、いつ応えられるかは分かりませんが、神との深く温かい信頼関係は、あなたの日々を恵みによって新たにするでしょう。果実は自分以外の誰かが味わうものです。