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目を覚ましていなさい(2017.9.3)

宣教題 「目を覚ましていなさい」   宣教 川原﨑晃主管牧師
聖 書 ルカ12章35~48節

教会の完成は、「人の子は思いがけない時に来る」(40節、46節)というその時です。ですから教会は、その時を意識しつつ、再臨される主キリストを待望しつつ、「目を覚まして」備えている歩みをするのです。

1.喜びに輝いて  35~40節
「神の国」の恵みに与り続けながら歩む信仰者は、やがて再臨される主によって完成されるのです。その再臨される主は、突然やって来られるので、それがいつであっても良いように備えている必要があります(36節、38~39節)。
まず、「腰の帯を締め」とあるように、主が喜んでくださるような日々の生活を送ることです。「ともし火をともしていなさい」とあるように、不必要なものを取り除いていただいて聖霊の火によって輝いていることです(35節、ローマ12章11節)。そのように「目を覚ましているのを見られる」者たちに対して、再臨の主が「給仕して」くださるように最高の祝福を与えてくださるのです(37節)。

2.忠実な心配りをもって  41~48節
真実な主は、信仰者が「忠実な賢い管理人」として歩むことによって、信仰が枯れてしまわないようにと願っておられます。それは、主の前に態度を変えないで、主を第一にして生きる忠実さと、思慮深くて細やかなことに気づく心をもった賢さをもつということです(42~43節)。もし、主の御心と御思いを知っていながら、自分が主となって自分の思うとおりに生きていこうとする「不忠実」さがあるなら、悔い改めたいものです(45~47節)。
主は忠実な者を信任され、多くのものを任されます(44節、48節)。ですから、再臨の主の前に立つ時まで、主に忠実であり続けることです(黙示録2章10節de)。

その時、あなたは(2010.10.31)

宣教題  : 「その時、あなたは」   宣教:   川原﨑 晃  牧師
聖    書  : マルコ  13章14節~27節
聖書は、神の約束どおりにキリストの初臨が成就したように、キリストの再臨があることを約束しています。時は、この約束の成就に向かって確実に縮まっています。私たちは、そのことを自覚して、それにふさわしく生きることを忘れてはなりません。

1.苦難の時に  14~23節
「それらの日には・・・今までなく、今後も決してないほどの苦難が来るからである」(19節)とは、紀元後70年にロ-マ軍によるエルサレムの町と神殿の破壊や民への虐殺また飢餓が起こること、偽キリストや偽預言者がクリスチャンを惑わしたりすることの預言です。
こうしたことは、世の終末にも起こることであり、とりわけクリスチャンの信仰を脱線させようと試みる者がいるので、毅然としているようにと警告されたのです。そして、主イエスは、こうした苦難の中にあるクリスチャンたちを「主はご自分のものとして選んだ人たち」と呼ばれて、彼らを忘れることなく、最後まで責任をもって守られることを約束されました。
私たちは、主なる神に選ばれているとの揺るぎない根拠があるので、苦難に耐えることができるのです。

2.主の再臨の時に  24~27節
このような苦難の後の終末には、天体の大異変とキリストの再臨があります。この時、キリストによって選ばれたクリスチャンたちは、呼び集められてキリストのもとへと引き上げられるのです。この再臨のキリストこそが、真の審判者であり、私たちの真の望みです。
再臨の主を待望する私たちは、神の恵みだけを頼りにして、凛としてキリストを仰ぎ続けて生きるのです(ルカ21章28節)。そのように生きるならば、「かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん」との使徒信条が、生きた告白となるのです。