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2026年9月27日

いのちを選ぶ生き方(2026.9.27)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

御名が聖とされますように。 ( マタイによる福音書 6章9節c )

礼拝順序

前  奏
招  詞 テトス 2章11節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 430 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 127編
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 6章9節 c
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 新325 一  同
牧会祈祷 仁科早苗協力牧師
宣  教 「いのちを選ぶ生き方」 仁科早苗協力牧師
祈  祷
賛  美 358 一同起立
感謝献金 474(聖歌隊)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科早苗協力牧師
後  奏

宣教要旨

1.御名があがめられますように

礼拝では主の祈りで「崇められますように」と祈るが、聖書の箇所では「御名が聖とされますように」と訳されている。口語訳聖書の「御名があがめられますように」(ヨハネ12:27)の聖書協会訳は「御名の栄光を現してください」と訳す。神様のお名前は聖なるもので、この聖は何かによって汚されるものではない。たとえどれだけ人間が汚れていても神様の聖はビクともしない。

2.人間の罪の問題

ただ、御名が聖とされないということが起きるとすれば、それは神様と一緒に生きる人間が持つ罪の存在により、地上での神様の聖に泥を塗ってしまうことがあることではないか。光が作り出す神様の領土(神の国)はこの世界と衝突せざるを得ない。主の祈りを祈る時に私たちは神様がどのような方かを知るだけでなく、自分たちがどういうものであるのかも知らされる。

3.神様の聖さに生きる

神様は私たちを聖とされる。キリストの十字架の血が罪を犯したことのないものに私たちを生まれ変わらせる。「御名が聖とされますように」との祈りは、「私をあなたの聖なる御名を汚すことなく生きるものに変えて下さい。」と祈っている。

祈るごとに神様を神様としてあがめ、聖なる神様の前にとどまって生活することを選ばせている。その信仰者の共同体がこの地に祝福を広げていく。