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2026年5月3日

神から誉を受ける人(2026.5.3)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく霊によって心に施された割礼こそ割礼なのです。  (ローマ 2章29節a)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ガラテヤ 3章28節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 2 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 98編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 2章17節~29節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神から誉を受ける人」 仁科共子牧師
祈  祷
聖 餐 式 新49
賛  美 520 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 神に選ばれ律法を与えられた民
ユダヤ人たちは、神に選ばれた民であり、神から律法を与えられていました。彼らは、律法によって神の御心を知り、何が大切であるかをわきまえて生活していました。それだけでなく、他の人たちを教える教師であると自負していました。しかし、パウロは、彼らが、他人に律法を教えながら、自分自身は律法に背いていると指摘しました。

2. 割礼を受けているユダヤ人
ユダヤ人は、先祖アブラハムと神が結んだ契約のしるしである割礼を受けていました。それは、アブラハムの子孫であり、神の民であるしるしでした。割礼を受けた者は、神の律法を守らなければなりません。しかし、実際は神の律法に従うことができなくなっていました。

3. 神からの誉を受ける人
パウロは、ユダヤ人たちが律法に頼って生活しているようであるが、それは表面上だけで、心から神に従っていないと指摘します。そのような人たちにとって割礼は何の役にもたたないのだと言いました。
体に割礼を受けていなくても、心から神に信頼して従い、神の求められる生き方をする人、その人こそ神から誉を受ける人なのです。