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2026年9月20日

行いではなく、信仰によって(2026.9.20)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

しかし、不敬虔な者を義とされる方を信じる人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。( ローマ 4章5節 )

礼拝順序

前  奏
招  詞 エゼキエル書 36章26a,28b節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 7 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 126編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 4章1節~12節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「行いではなく、信仰によって」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 463 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1.アブラハムの信仰
パウロは、神様に義と認められるのは信仰によるのであって、行いによるのではないことを教えるために、アブラハムの信仰について語りました。アブラハムが神様を信じたので、それが彼の義と認められました。(ローマ4:3)彼が何か特別なことをしたからではありません。神様を信じた彼が受けた恵みによるのです。
2.ダビデの信仰
次にパウロは、ダビデの語った言葉を取り上げています。ダビデは、不法をゆるされ、罪を覆われた人、主に罪を咎められない人は幸いであると言っています。この幸いは、神様を信じるすべての人に与えられるものです。
3.信仰が義と認められる人
神様に義と認められる幸いは、信じるすべての人に与えられます。アブラハムは、義に値するような行いによってではなく、ただ神様を信じることによって、義と認められました。ユダヤ人のように、神の民として律法を与えられて割礼を受けた人だけでなく、すべての人が信仰によって神様に義と認められるのです。
私たちは、神様に義と認められるためには、何かをしなければならないと考えてしまうことがあります。しかし、イエス様が救いのみわざを成し遂げられました。だから私たちは、イエス様を信じることによって恵みとして神様に義と認められるのです。何かをしようとするのではなく、イエス様を信じて恵みを受け取りましょう。