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2026年7月12日

天におられる(2026.7.12)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

『天におられる私たちの父よ 御名が聖とされますように。(マタイ 6章9節b)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編 96編1節~2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 60 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 111編
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 6章9節b
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科早苗師
宣  教 「天におられる」 仁科早苗師
祈  祷
賛  美493 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科早苗師
後  奏

宣教要旨

主の祈りのよびかけ「まします」は古い丁寧語で「いらっしゃいます」という意味で、原文の主の祈りは「父よ!」という呼びかけから始まる。多神教の日本で「唯一の創造主なる神」に呼びかける必要があったのかもしれない。祈りで最も大切なのは「誰に祈るか」という呼びかけである。

1、天は父なる神の広い視野を表す
天を仰ぐと視野が開け、行き詰まりの中でも神は天から導き、必要を与え、道しるべを示してくださる。人の評価が変わっても、神は変わらず私たちを見ておられ、悔い改める者を赦し、愛を宣言してくださる。

2、天は父の威厳と絶対性を表す
古代の人々にとって天は超越の象徴であった。天におられる神は永遠・無限・全能であり、唯一無二の創造主である。祈るとき、私たちは「神は人間の都合で揺れ動く方ではない」と告白しているのである。

3、天はイエス様もおられる場所である
イエス様は十字架の傷を持ったまま昇天され、今も父なる神のそばで私たちのためにとりなしておられる。祝福の手を下ろさず、私たちを支え続けるお方である。私たちは父と子の二重の恵みのもとに祈っているのである。
(結論)天は私たちのいのちの重みを支える場所であり、希望を失望に終わらせない神が、祈りを実現可能な権威をもって受け取ってくださる場所である。主の祈りは呪文ではなく今日も私たちを守り導く確かさを持つ大いなるお方への呼びかけである。