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聖霊による心のきよめ(2016.5.15)

宣教題  「聖霊による心のきよめ」          宣教 川原﨑晃牧師
聖 書  使徒言行録15章6~11節

ペンテコステに聖霊の降臨を経験し、力強い前進を見た初代教会は、ほどなくして様々な課題に直面することになりました。それは、聖霊の働きが一方的なものではなく、人の側の在り方と無関係でないことを明らかにしているのです。神が聖霊を与えて人々の心をきよめてくださるのも、信仰によるのです(8~9節)。

1.心がきよくされる必要
異邦人も割礼を受けるべきだと主張したユダヤ人たちは(5節)、きよめられる必要のあるクリスチャンの姿を表していると言えます。それは、彼らの心にあったもので、差別意識あるいは優越感(8~9節)、律法主義あるいは無慈悲さ(10節)、神を試みる思い(10節)が問題なのです。
これらは、クリスチャンの心にもあり得るもので、きよめられる必要があります。そのままであったら、自分自身が自由でないし、人を苦しめることにもなるし、教会を混乱させることにもなって、神の栄光を現すことができないのです。聖書は、人の心がきよくされることの幸いを強調しています。

2.心がきよくされる道
クリスチャンは、主イエス・キリストによる救いの恵みを信仰によって受け取った者です(11節、エフェソ2章8~9節)。その心がきよめられ続けるのも同じです(1ヨハネ1章7節)。それを可能にしてくださるのが、聖霊なのです。クリスチャンは、自分の姿に気づかせられて、そこからきよめられることを祈り求め、扱われ、悔い改め、示さけるままに従うのです(使徒言行録5章32節)。
私たちは、「人の心をお見通しになる神」であるからこそ(9節)、きよめられる必要のある性質、とりわけ「かたくなな心」(マルコ3章5節)を聖霊によってきよめていただき、聖霊に満たされて歩むことが求められています。
あなたの「ペンテコステ」は!