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礼拝メッセージ

信じる人(2026.4.5)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

「私を見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。」(ヨハネ 20章29節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 イザヤ 35章1,2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 299 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 93編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 20章24節~29節
使徒信条 93-4 1A 一  同
演  奏 地よ、声高く告げ知らせよ アンサンブル・シオン
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「信じる人」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 197 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 聞いても信じない
イエス様は、死から復活されて弟子たちの前に現れました。弟子たちは、復活されたイエス様を見て喜びました。この日、トマスは一緒にいませんでした。弟子たちはトマスに「私たちは主を見た」とイエス様が復活されたことを伝えましたが、彼は信じませんでした。

2. 触らなければ信じない
トマスは、自分の指をイエス様の手の釘跡に入れ、手を脇腹の傷に入れなければ決して信じないと言いました。彼は、目で見るだけでなく、手で触れてみないと信じないと言ったのです。

3. 見ないで信じる人は幸いです
イエス様は、トマスが信じることができるように、彼がいる時に現れました。そして、トマスに指を手の釘跡にあて、脇腹に手を入れなさいと、触って確かめるように言われました。しかし、トマスはイエス様を見ただけで信じました。
そのトマスに、イエス様は「見ないで信じる人は、幸いである。」と言われました。今、私たちは、復活したイエス様を見ることはできません。しかし、私たちはイエス様のことを伝えられて、聞いて信じました。私たちは「見ないで信じる幸いな人」なのです。

復活であり、命であるイエス様を信じる(2026.3.29)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか。 (ヨハネ 11章26節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞  マタイ 21章9節b 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 309 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編92編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 11章17節~27節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 305(1.2.3) 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「復活であり、命であるイエス様を信じる」 仁科共子牧師
祈  祷
聖 餐 式 新49
賛  美 300 一同起立
感謝献金
聖歌隊賛美 305(4.5.6)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. ラザロの死
イエス様は、マリアとマルタの兄弟ラザロが病気だと聞きました。その時、イエス様は「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためである。」と言われました。しかし、イエス様がラザロの家に着いた時、彼は墓に葬られてすでに四日たっていました。

2. イエス様を出迎えたマルタ
マルタはイエス様を迎えに出て、「ラザロは死んでしまったけれど、イエス様が神様に願うことは必ずかなえてくださると信じている」と言いました。イエス様はマルタに「あなたの兄弟は復活する」と言われました。マルタは、「終わりの時に復活することは知っています。」と答えました。マルタには、イエス様にはどんなこともできる、という信仰がありました。しかし、イエス様のことを十分に理解できていませんでした。

3. イエス様を信じる者は死んでも生きる
イエス様は、「私は復活であり、命である」と言われました。イエス様が死に勝利し、永遠の命を与える方であると教えられたのです。
私たちも、イエス様が、永遠の命と復活の希望を与えてくださる方であると信じて、歩ませていただきましょう。

気前の良い主人から受け取る(2026.3.22)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

自分の分を受け取って帰りなさい。私はこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 (マタイ 20章14節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨハネ 3章16節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 120 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 91編
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 20章1節~16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「気前の良い主人から受け取る」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 436 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

Ⅰ. 労働者を雇うぶどう園の主人のたとえ
イエス様は、天の国を気前の良い主人にたとえられました。この主人は朝早く出かけて、1日1デナリオンの約束で労働者を雇いぶどう園に送りました。その後も何度か出て行って何人かを雇いました。

Ⅱ. 賃金を支払う
夕方になって、主人は労働者たちに賃金を支払いました。最後に来た人から順に支払われました。その賃金は皆同じでした。すると最初に来た人たちが主人に不平を言いました。自分たちは、一番長く働いたのでもっと多くもらえるだろうと期待したからです。しかし、主人は彼らを雇う時に約束した通りの賃金だから、不当なことはしていないと答えました。

Ⅲ. 気前の良い主人
ぶどう園の主人は、皆に同じように賃金を支払いたいのだと言いました。どれくらい働いたかではなく、主人の呼びかけに応じて働いたことに対して気前よく賃金を払ったのです。
神様の祝福は、私たちが何をしたかとか、どのくらいのことをしたとかによって与えられるのではありません。神様の招きに従って、言われたとおりに働く人たちに与えられます。気前よく与えてくださる神様の祝福を受け取りましょう。

福音は神の力(2026.3.15)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力です。(ローマ 1章16節b)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 1ペトロ 3章18節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 2 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 90編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 1章16節~32節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「福音は神の力」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 441 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. 神を認めようとしない者

パウロは、すべての人は神を知ることができると言います。神が造られたすべてのものに神の性質が現れているからです。しかし、人間は神を認めず、偶像を造って神として拝むようになりました。彼らは、神に信頼するのではなく、自分の知恵や力で生きているのです。

2. 神を認めない者の生き方

 神とは無関係に自分の欲のままに生きる人間は、悪いことを行うようになります。パウロは「不正、邪悪、貪欲・・・」と人間の悪い考え、悪い行いを挙げています。これは、神を離れて生きる者の姿です。

3. 信じる者すべてを救う神の力

福音は、イエス・キリストの十字架の死と復活です。イエス・キリストを信じることによって罪からの救いを受けることができます。人間は、自分の知恵や力では、罪の中にある生き方を変えることはできません。神の力が、イエス・キリストを信じる者を、罪から救い、神の前に正しい者として生かすのです。

イエス・キリストを信じる信仰によって、神のものとして生きる道を導いていただきましょう。

一抹の不安と勇気(2026.3.8)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

自分の杖を手に取った。そして川岸で滑らかな石を五つ選び、身に着けていた羊飼いの袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近寄った。(サムエル記上 17章40節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編68編20節、21節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 127 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 89編1節~15節
会衆祈祷 一  同
聖  書 サムエル記上 17章31節~54節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野直人副牧師
宣  教 「一抹の不安と勇気」 鎌野直人副牧師
祈  祷
賛  美 534 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野直人副牧師
後  奏

宣教要旨

1. 主は救い出してくださる
ダビデはサウルの注目を浴びた。少年が敵うはずがないと言うサウロとは違い、ダビデは、羊飼いとしての経験を踏まえて、あのペリシテ人は動物と同じであり、主は救い出してくださると語った。ダビデの戦いと主の戦いは不可分である。サウルは自分の装束でダビデを戦いに向かわせようとしたが、ダビデは慣れているもので戦うことにした。一抹の不安から五つの滑らかな石を備えた。

2. 主の名によって立ち向かう
ダビデとペリシテ人の両者が近づいた時、ペリシテ人はダビデを侮り、呪い、かかってこいと語った。ゆっくり動く敵とは対照的に、ダビデは素早く応答した。彼は武具によってではなく、万軍の主の名によって戦う。彼の戦いは主の戦いと不可分であるからだ。そして、これは全地が主を知るための戦いである。ダビデは主が自分を通して働くと確信し、勇気をもって進み出た。

3. ダビデの勝利、主の勝利
速やかに動くダビデの投じた一発の石でペリシテ人は倒れた。さらにダビデは素早くその首を取り、後に自らが王として治めるエルサレムにその首を持ち帰った。不安を抱きつつも慣れ親しんだ方法で戦うダビデを通して主は働いた。一抹の不安をもったからこそダビデも十分に備えた。ここに信仰者の勇気を見る。

模範を示されたイエス様(2025.3.1)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

それで、主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきである。(ヨハネ13章14節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 イザヤ 42章1節a 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 205 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 87編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 13章1節~15節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野かをり副牧師
宣  教 「模範を示されたイエス様」 鎌野かをり副牧師
祈  祷
賛  美 487 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野かをり副牧師
後  奏

宣教要旨

1. イエス様の愛
イエス様は「ご自分の時」が来たことを悟り、弟子たちを最後まで愛し抜かれた。それは「最後まで」、「残ることなく示された」、「極みまで」愛する愛であった。イエス様はイスカリオテのユダが自分を裏切ろうとしていることを知っていたが、それでもユダを最後まで愛されたのである。そのような愛で、イエス様は私たちをも愛してくださっている。

2. 弟子たちの足を洗われるイエス様
イエス様は愛するとはどういうことなのか、模範を示すため、弟子たちの足を洗われた。上着を脱ぎ、手拭いを腰に巻かれて、奴隷の姿になられた。イエス様が弟子たちの足を洗う行為は、イエス様の十字架と復活を表している。誰でもイエス様の十字架を受け入れ、信じるなら罪赦され、きよい者とされる。

3. 互いに愛し合う
イエス様の十字架の死と復活によってもたらされた愛と命に生かされている私たちは、互いに足を洗い合うべき負債がある。私たちが互いに愛し合うならば私たちがイエス様の弟子であることを、皆が知るようになる。イエス様が示された模範に倣い、恵みによって互いに愛し合い、互いに仕え合う生き方をさせていただこう。

神が世話をしてくださる(2026.2.22)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

だから、明日のことを思い煩ってはならない。明日のことは明日自らが思い煩う。その日の苦労は、その日だけで十分である。(マタイ6章34節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 マタイ 11章28節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美17 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 86編1節~13節
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 6章25節~34節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 492
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神が世話をしてくださる」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 461 一同起立
感謝献金 459(聖歌隊)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

Ⅰ. 生活のことで思い煩うな

イエス様は、食物や衣服など毎日の生活のことで思い煩わないようにと教えられました。神様が必要なものを与え、世話をしてくださるからです。空の鳥は神様に養われて、安心して生きています。野の花は、たとえ一日しか咲かなくても、神様が美しく装っておられます。まして、彼らより優っている人間のために、神様が何もしないはずはありません。

Ⅱ. 神様は人間の必要を知っておられる

神様は、人間が生きていくために必要なものをすべて知っておられます。ですから、神様に信頼しているなら生活のことを心配する必要はないのです。神様が必要なものをすべて与えてくださるからです。

Ⅲ. 神様が世話をしてくださる

神様は人間を愛しておられるので、必要なものを与えて生活を整え、命を守ってくださいます。私たちは、神様に信頼しているなら、生活のことを思い煩わないで生きることができます。今日、私たちに必要なものを与えてくださる神様は、明日も同じように私たちの世話をしてくださり、生活を支えてくださいます。

神様に信頼して「日ごとの糧を今日もお与えください」と祈りつつ、日々歩ませていただきましょう。

生きている神が戦う(2026.2.15)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

生ける神の戦列を嘲笑うあの無割礼のペリシテ人は、一体何者ですか。( サムエル記上 17章26節b )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ヨシュア 1章5節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 7 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 85編
会衆祈祷 一  同
聖  書 サムエル記上 17章17節~30節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野直人副牧師
宣  教 「生きている神が戦う」 鎌野直人副牧師
祈  祷
賛  美 392 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野直人副牧師
後  奏

宣教要旨

1. ペリシテ人の挑戦
海岸平野に住むペリシテ人が丘の上に住むイスラエルの領地を狙って攻め込んで来た。谷を挟んで両陣営が陣取る中、強大なゴリアトが登場し、一騎打ちで雌雄を決するように求めた。人と人との戦いで圧倒的に不利なサウルとイスラエルは恐れおののいた。

2. ダビデ登場
ダビデが登場する。彼は、これまでも頻繁にサウルのもとに来ていた。今回は、自分の兄の安否を知り、上官の好意を得るために、父の命に従って戦いの前線に送られてきた。戦いが始まり40日ほどたっていたが膠着状態である。ダビデは、父の命令に従うことによってたまたま、この戦いに遭遇した。

3. 生きている神が戦う
ダビデがいたそのとき、ゴリアトが再登場する。兵士たちは恐れて逃げ出す。人対人の争いならば敗北は明らかだから。ただし、イスラエルがそしられ、神の御名が汚されている。ダビデは異なった視点からこの戦いを見た。今、あざ笑われているのは生ける神の戦列である。神の名を汚す者と神が戦わないだろうか。人と人との戦いか、生ける神がそこに介入している戦いか。どのように戦いを理解するかで闘い方も変わる。私たちはどうだろうか(エフェソ6:10−12)

共に励まし合う(2026.2.8)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

あなたがたのところで、お互いに持っている信仰によって、共に励まし合いたいのです。( ローマ 1章12節b )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 ローマ 5章5節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 4 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 84編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 1章8節~15節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「共に励まし合う」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 543 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. あなたがたについて神に感謝します
パウロは、イエス様を信じたクリスチャンたちがローマにいることを神様に感謝しています。それは、ローマという当時の世界の中心にもクリスチャンがいて、彼らの信仰が人々の前に証しされていたからです。

2. あなたがたのところに行くことを願っている
パウロは、ローマに行って、そこにいるクリスチャンたちに会うことを願っていました。自分に与えられている賜物を分け与えて力づけたいからですし、彼らからも信仰によって励まされたいからです。つまり、互いに励まし合うことを願っていました。

3. ローマでも福音を伝えたい
パウロがローマへ行くことを願っているもう一つの理由は、福音を告げ知らせるためです。どんな人にも福音を伝える責任を負っているからです。神様がローマにも教会を立てあげてくださったのだから、ローマの教会の人たちと互いに励まし合いながら福音を伝えていきたいと願っているのです。
イエス様を信じて生きる生活を続けていくためにも、与えられている使命を果たしていくためにも、互いに励まし合い、支え合っていくことが必要です。
私たちも信仰によって励まし合い、共に進ませていただきましょう。

与えられた分に応じて働く(2026.2.1)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

二人は、あなたがたを信仰に導くために、それぞれ主がお与えになった分に応じて仕える者です。      (1コリント 3章5節b )

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編 96編1節~2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 352 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 81編
会衆祈祷 一  同
聖  書 1コリント 3章1節~9節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「与えられた分に応じて働く」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 411 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. 成長させてくださるのは神
パウロの宣教によって始まったコリントの教会で、アポロもイエス様のことを語り、彼らを教えました。しかし、二人の働きはコリントの教会の人たちを「私はパウロに付く」「私はアポロに付く」と一致できない状況を招きました。パウロは、彼らがそのように互いに妬み、争うのは、成長していないからだと指摘します。そして、彼らを成長させてくださるのは人ではなく神だと教えます。

2.分に応じて仕える
パウロは自分を「植える者」、アポロは「水を注いだ者」だと、それぞれが違う役割を担っていたのだと語りました。それぞれは神が与えられた分に応じて働いているに過ぎないのです。

3.神の協力者
ですからパウロもアポロも神が教会を成長させるために、神が備えた、神と共に働く協力者です。

私たちもイエス様を信じて使命と賜物が与えられています。自分に与えられている分に応じて働き、互いに仕え合い、神の協力者として教会が成長していくために用いていただきましょう。

神が一緒にいる生活(2026.1.25)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」これは、「神は私たちと共におられる」という意味である。(マタイ 1章23節 )

礼拝順序

前  奏
招  詞 テトス 2章11節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 464 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 80編
会衆祈祷 一  同
聖  書 マタイ 1章18節~25節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 396
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神が一緒にいる生活」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 493 一同起立
感謝献金 新272(聖歌隊)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

1. 聖霊によって
イエス様の誕生は、神様の約束が実現するためでした。そのために選ばれて母となるマリアは、聖霊によってイエス様を身ごもりました。マリアの婚約者であったヨセフにも、主の天使によって「マリアに宿った子は聖霊の働きによる」と告げられました。天使はさらに「その子が民を罪から救う者となる」と、マリアが産む男の子が神様の約束されたメシア(キリスト)であると伝えました。

2. イエス様によって神と共にいる
人間は、自己中心で神様を知ろうとせず、神様に従わないで生きています。つまり、神様に対する罪の中に生きているのです。そのままでは、神様と一緒にいることができません。イエス様は、罪の中に生きている人間が、神様と共にいることができるようになるために、この世に来てくださったのです。
神の御子であるイエス様が、人間としてこの世に生まれてくださり、人間として私たちの身代わりに十字架で死んでくださいました。そして、死から復活されました。ですから、イエス様を信じるなら、罪の中から救い出されて、永遠の命が与えられ、神様と一緒にいる者となります。
イエス様を信じて、神様がいつも一緒にいてくださる生活を歩ませていただきましょう。

イエス・キリストのものとなった(2026.1.18)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

あなたがたも異邦人の中にあって、召されてイエス・キリストのものとなったのです。(ローマ 1章6節 )

礼拝順序

前  奏
招  詞 2コリント 5章17節 司 会 者
頌  栄 265 一同起立
賛  美 4 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編78編1節~14節
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 1章1節~7節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「イエス・キリストのものとなった」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 461 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスの僕

パウロは、手紙の始めに「キリスト・イエスの僕」であると自己紹介をしています。イエス・キリストを信じる人たちを迫害していた者が、今はイエス・キリストの僕となって神の福音のために働く者となっていると言うのです。

2. 御子によって恵みを受ける

パウロは、「神の福音」は神が預言者を通して約束された御子に関するものである、と説明します。御子は、預言されたように「ダビデの子孫」として生まれ、復活によって「力ある神の子」と定められました。福音は、御子イエス・キリストによって与えられる神様の恵みです。パウロは、御子イエス・キリストによって恵みを受け、使徒とされて福音を伝える者となりました。

3. 召されてイエス・キリストのものとなった

ローマの教会の人々の多くは、神様に従わない生き方をしていた異邦人でした。しかし、そこから召されて、イエス・キリストのものとなったのです。彼らは、御子イエス・キリストを信じて生きる人生へと導き入れられました。

私たちも、イエス・キリストを信じて、神様に愛され、聖なる者として召されています。イエス・キリストのものとしての歩みを導いていただきましょう。

神は救い出してくださる(2026.1.11)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

この方は救い主、助け主。天にも地にも、しるしと奇跡を行い 獅子の手からダニエルを救い出された。(ダニエル 6章28節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 イザヤ書 43章1節 司 会 者
頌  栄 120 一同起立
賛  美 6 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 77編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ダニエル 6章7節~18節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野直人副牧師
宣  教 「神は救い出してくださる」 鎌野直人副牧師
祈  祷
賛  美 487 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野直人副牧師
後  奏

宣教要旨

1. 約束を守るダニエル
エルサレムからバビロンに連れて行かれたダニエルは、多くの人からねたまれるほど優秀な人物であった。約束をかならず守る彼をどうしたら失敗させることができるのか、考えた人々は、彼がイスラエルの神にだけ祈っている点を取り上げることにした。そこで、一か月間、ダレイオス王にしか祈ってはならないという法律を制定した。ダニエルはこの法律のことを知ったが、自分を大切にしてくださっている神との約束を守り、この神に祈り続けた。王には祈らなかった。

2. 王の中の王である神
ダニエルのことが王に訴えられた。ダニエルを好んでいる王も法律を守らなければならないので、ダニエルは人を食べるライオンの穴に投げ込まれてしまった。王は一晩中、ダニエルを心配した。翌朝、王が確認すると、ダニエルは生きていた。イスラエルの神が彼を救ったのだ。彼は、神が約束を守ると信じ、信頼していたので救い出されたのだ。王も、ダニエルの神こそ自分よりも遙かに力ある神であることを認めた。ダニエルが神との約束を守ったのは、神が約束を守って下さると信じていたからである。私たちの信仰の大きさは、私たちがどれだけ神との約束を守るかでは決まらない。この神がどれだけ私たちと約束を守って下さるのかで決まる。王の中の王である神への小さな信仰こそが「大きな信仰」である。

神の恵みによって、神に喜ばれる歩みを(2026.1.4)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

イエス・キリストは、昨日も今日も、また永遠に変わることのない方です。(ヘブライ 13編8節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編29編2節 司 会 者
頌  栄 120 一同起立
賛  美 16 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編75編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヘブライ 13章7節~16節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神の恵みによって、神に喜ばれる歩みを」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 605 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 神の言葉を語った指導者たちの信仰に倣う
イエス様を信じて生きる人たちに、指導者たちの信仰に倣うようにと勧めます。神の言葉を教えた指導者たちは、信仰の模範となる人たちです。しかし、この人たちも、その生涯を終えていきます。それでもなお、私たちには永遠に変わることのないイエス様を模範として信仰の歩みを続けることができます。

2. 恵みによって心を強める
イエス様を信じて生きる人たちの心を強めるのは、食物の規定に従うような異なる教えではなく、神様の恵みです。神様の恵みとは、イエス様の死によって聖なる者とされることです。

3. 神に喜ばれるいけにえを献げる
イエス様を信じて生きていく人は、神様の喜ばれるいけにえを献げます。そのいけにえは、神様の御名をほめたたえる賛美と善い行いと施しです。

イエス様の十字架の死によって、私たちは聖なる者とされました。イエス様を通して、神様に喜ばれる歩みを導いていただきましょう。

どのような時にも霊によって祈りましょう(2025.12.28)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

どのような時にも、霊によって祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。 ( エフェソ 6章18節 )

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編124編8節 司 会 者
頌  栄 265 一同起立
賛  美 16 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編74編1節~17節
会衆祈祷 一  同
聖  書 エフェソ6章10節~20節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「どのような時にも霊によって祈りましょう」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 497 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 主にあって強くありなさい
悪魔の策略に対抗していかなければならないので、パウロは、主にあって強くありなさいと勧めます。私たちの力では、立ち向かうことができないからです。主の力があってこそ、私たちは悪魔に対抗することができるのです。

2. 神の武具を身に着ける
パウロは、悪魔に対抗し、しっかりと立つことができるように「神の武具」を身に着けなさい、と語ります。パウロは、6つの武具をあげています。帯、胸当て、履物、盾、兜は、攻撃を防御するためのもので、剣は、戦うための武器です。この世にあって悪魔の攻撃に対抗するためには、「神の武具」を身に着けることが必要です。

3. 霊によって祈り続けなさい
神の武具で武装した私たちは、祈ります。パウロは、霊によって祈りなさいと教えました。霊によらなければ、私たちは、どのような時にも祈り、すべての聖なる者たちのために祈り続けることができません。

私たちも神の武具を身に着けて、悪魔の攻撃に抵抗し、どんなときにも聖霊によって祈り続けることができる者として歩ませていただきましょう。