メニュー 閉じる

2025年8月

見えるようになった(2025.8.24)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。(ヨハネ 9章3節)

礼拝順序

 

前  奏
招  詞 詩編 124編8節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 493 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編47編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 9章1節~12節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 543
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「見えるようになった」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 433 一同起立
感謝献金 新325(聖歌隊)
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 人の考え

人は不幸な出来事が起こったとき、「なぜこんなことが起こったのか」とその原因をさがす。悪いことが起こったのは、悪いことをした結果だと考える。イエス様の弟子たちも、生まれつき目の見えない人を見たとき、誰かが罪を犯したからだと考えた。この当時も今も、人は同じような考えを持っている。

2. 神の業がこの人に現れるため

イエス様の考えは、弟子たちとは違っていた。イエス様は、弟子たちが不幸な出来事と考えていたことは、「神様の業が現れるため」であり、そのことに意味や目的があるのだと教えられた。そして、この生まれつき目の見えなかった人を癒された。彼は見えるようになった。イエス様によって、この人に神の業が現れたのである。

3.見えるようになった

生まれつき目の見えない人は、イエス様の言われるとおりに行動したとき、見えるようになった。彼を知っていた人たちは、見えるようになって帰ってきたこの人を見ても、すぐには信じられなかった。

 

私たちが自分の考えにとらわれているとき、目の前に神の業が現されてもすぐには受け入れることができない。私たちの目を見えるようにしていただき、神様の業が現されるのを見ることができる者としていただきましょう。

失敗から学ばないリスク(2025.8.17)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

主が喜ばれるのは 焼き尽くすいけにえや会食のいけにえだろうか。 それは主の声に聞き従うことと同じだろうか。見よ、心して聞くことは雄羊の脂肪にまさる。(サムエル記上 15章22節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 イザヤ書 57章15節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 8 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 46編
会衆祈祷 一  同
聖  書 サムエル記上 15章17節~31節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷
宣  教 「失敗から学ばないリスク」 鎌野直人副牧師
祈  祷
賛  美 197 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野直人副牧師
後  奏

宣教要旨

1. 失敗から学ばないリスク

1. 同じ失敗を繰り返す
一度は退けられたサウルのところに、主はサムエルを遣わし、アマレクと戦うように命じた。すべてを滅ぼし尽くすことによって、すべてを主の戦利品とするためであった。サウルは多くの兵を集め、戦い、勝ち、アガグを生け捕りにし、兵は滅ぼしつくした。しかし、サウルとその兵は良いものを惜しんだ。彼は兵を見て、主を見なかった。

2. 退けたから退けられる
主は、サウルを王としたことを悔やんだ。サムエルは、ギルガルのサウルの所へと行く。サウルはサムエルに対して、自分は主の命令を守った、しかし、分捕りものは兵たちが主にささげるために取り分けたのだ、と語る。残念ながら、サウルは正確なことを語ってはいない。王は主の声に聞き従うことが何よりも重要であったのだ。主が彼を王として任命したからだ。サウルは、主のことばを退けるという、神以外のものを神とする偶像崇拝を行った。サウルは、主を王としなかったから、その王位から退けられる。

3. 悲しみ、悔やむ
サウルは主とサムエルの前で罪を認め、サムエルに罪の赦しを求めた。サムエルはそれを拒絶し、サウルから王国が剥ぎ取られるという主の決意を伝えた。サウルは主の厳しい審判下でも自分の面目を守ろうとする。サムエルは、アガグを処刑し、サウルの行動を悲しみ、主はサウルを王としたことを悔やむ。失敗を避けることはできない。だからこそ、取るに足らない者を選ばれた、王の王である主の声に聞くことを学び続けたい。

御子による和解(2025.8.10)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

その十字架の血によって平和を造り 地にあるものも 天にあるものも 万物を御子によって ご自分と和解させてくださったのです。(コロサイ 1章20節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 イザヤ書 35章1節~2節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 299 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 45編1節~10節
会衆祈祷 一  同
聖  書 コロサイ 1章15節~23節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷
宣  教 「御子による和解」 鎌野かをり副牧師
祈  祷
賛  美 499 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野かをり副牧師
後  奏

宣教要旨

1. 御子による創造

御子は見えない神様を私たちに見えるかたちで示されたお方であり、すべてのものが造られる前に最初に生まれたお方であり、すべてのものが存在する前から存在されていたお方である。そして、すべてのものは御子によって造られたのである。御子は創造の主である。そして、万物は、御子のために造られたのであり、御子が関わってくださり、御子のために存在している。

2. 御子による和解

御子は死者から最初に復活され、死に対する勝利においても初めとなられた。御子の十字架と復活の事実によって、神様との和解と平和が現実のものとなった。和解の主である御子が、私たちだけでなくすべて造られたものに和解と平和をもたらされた。

3.教会の頭である御子

私たち教会は御子を頭とする、御子の体である。だから、私たちはすべてのものの創造と和解の主である御子と深く結び合わされている存在である。それゆえ御子のわざを覚え、御子によって成長させられ、見えない神様のかたちをあらわす生き方をさせていただきたい。御子の創造と和解の恵み、つまり神様からの平和が、個人、教会、社会、世界へと広がるように、私たちは平和を知るだけでなく、自分たちの生活の中に平和を造り出し、実現していくことが出来るよう、祈りつつ歩ませていただきたい。

真実な平和の神(2025.8.3)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。(1テサロニケ 5章23節a)

礼拝順序

前  奏
招  詞 ハバクク書 2章20節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 210 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 42編
会衆祈祷 一  同
聖  書 1テサロニケ 5章12節~24節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「真実な平和の神」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 413 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

Ⅰ. キリスト・イエスにおいて

パウロはテサロニケの教会の人たちへの手紙の終わりに「互いに平和に過ごしなさい」と勧め、具体的にどのようにするのかを挙げています。その生活は、イエス様の十字架の死と復活を信じて生きる者に、神様が望んでおられるものです。

2. 霊によって

神様が望んでおられる生活は、イエス様を信じた者に与えられている聖霊によって行うことができます。自分の知恵で神様の望まれることを知ることはできません。また、自分の力や努力でそれを行うこともできません。聖霊が私たちの内にいて、私たちを教え導き、力を与えてくださり、神様が望んでおられる生活ができるようにしてくださるのです。

3.平和の神ご自身によって

 私たちは、イエス様によって神様との平和が与えられました。神様は、私たちを聖なる者としてくださり、神様と一緒に生きることができるようにしてくださいます。また、私たちのすべてを守って、イエス様がもう一度来られる再臨の時に御前に立つことができるようにしてくださるのです。パウロは、「神様は真実な方であるから、必ずそのことをしてくださる」と確信をもって語っています。

神様の真実に信頼し、神様との平和の中に聖霊の助けによって神様の望まれる生活を歩ませていただきましょう。