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神を喜ぶ(2019.12.9)

宣教題 「神を喜ぶ」         宣 教  石﨑善土伝道師
聖 書 ルカ1章46~56節

1.背景
第1待降節では、アブラハムからイエス・キリストまでの系図より、神の計画と約束が現わされた。イエスの母マリアは、天使より、神の計画と約束を聞いた。そして、まだ結婚していないのに、身ごもる事を預言された。

2.マリアの信仰
 マリアは神の約束を聞き、理解を越える事であったのに、それを信じた。そして、神がその事を自分の身に起こされることに対し、神を喜びたたえた(46~49節)。そして、アブラハムとその子孫に与えられた約束を、神は憐れみを持って、実現されることを信じた(50~55節)
 マリアは信仰によって、『主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた』
(ルカ1章45節)

3.私たちの受け継ぐもの
 私達は、神の約束を、このように信じているだろうか。神の約束を途方もない事のように思い、自分には関係のない事だと遠ざけ、目の前にある困難な状況を見て、自分でもうダメだと思い込んではいないだろうか。
 アブラハムとその子孫に与えられた約束は、異邦人である私達には関係のないものであった。しかし、イエスの血潮により、イスラエル人との間にあった隔ての中垣が取り払われ、私達もその約束に与る者となった(エフェソの信徒への手紙2章11節~13節)。

社会は荒れ、希望を持つのが困難な時代になっている。しかし、神の憐れみがこの身に起こる事を確信し、神を喜びたたえる者とならせていただこう。

聖書朗読(0.5MB)

メッセージ(12MB)

背負ってくださる主(2017.11.26)

宣教題 「背負ってくださる主」       宣教  今田好一牧師
聖 書 イザヤ書46章1~4節 / マタイ11章28節

わたしたちにとって、老後のことはとても切実な問題です。でも、もし十分な備えができなくても神を信じる者にはすばらしい保証があります。それは神の約束です。

1.人それぞれが背負っているもの
 わたしたちには誰も代わることのできない、自分で負うしかない重荷があります。そして負いきれずに押しつぶされそうになることがあります。だからこそ、優しく寄り添ってくれる存在が必要なのです。それが、主イエス・キリストなのです。

2.人に背負われている神々
 バビロン捕囚となっていたイスラエルの民は、傷ついた心の中で、バビロンの神々が動物や人に背負われている勇壮で華々しい祭りを見ていました。しかしペルシアによるバビロニア帝国の崩壊の危機に際して、バビロンの守護神であるベルとネボは守護どころか、それを負う人々の重荷となり、ペルシアに仕えることになるのです。

3.人を背負ってくださる主
 主なる神は、イスラエルの民に、「あなたたちは生まれた時から負われ・・・老いる日まで白髪になるまで・・・わたしが担い、背負い、救い出す。」(イザヤ46:3~4)と言われました。それはわたしたちの過去、現在、未来にかけてのすべてであり、わたしたちの歩みの最初から終わりまで神の守りの中にあるということなのです。

 全世界の多くの人々が老後の生活に不安を覚えている現代において、神の約束はいよいよ大きな力となります。そして、わたしたちが歳を重ねていく中で、主に背負われていることを素直に認め、「わたしは・・・背負って行こう」と言ってくださる主に人生をお委ねしましょう。きっと平安で満たされることでしょう。