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聖書と神の力(2010.7.11)

宣教題  : 「聖書と神の力」   宣教:   川原﨑 晃  牧師
聖    書  : マルコによる福音書  12章18節~27節
主イエスは、復活はないと理解していたサドカイ派の人々に対して、「あなたたちは大変な思い違いをしている」(24節、27節)と言われました。それは、単なる思い違い以上に、大いに誤っている、とんでもない所に迷い出ているという意味です。その理由は、「聖書も神の力も知らないから」でした。

1.神の力を知らない  25節
サドカイ派の人々は、モ-セ五書に明記されている御言葉だけに立つという立場でした。彼らは、家系と財産を保存するための規定を用いて(申命記25章5~10節)、復活はないと議論をしかけてきたのです(マルコ12章19~23節)。それに対し主イエスは、あらゆる領域において生きて働いておられる神の力を知らないから、聖書が語る教えに疑いが生じるのだと指摘されました(同24節)。
イエス・キリストの十字架と復活を信じる者は、「もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである」との約束をいただいています(ルカ20章36節)。その復活のときには、結婚も死もない世界に生きるのです。

2.聖書を知らない  26~27節
「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」とは、サドカイ派の人々が重んじていた御言葉の一つでした(出エジプト3章6節)。その神は、死んだ者の神ではなく、生きている者の神であって、今の私たち一人ひとりに「わたしはあなたの神である」と語りかけていてくださるのです。私たちは、この語りかけを聴き取ることが大切です。
十字架上の二人の犯罪人は、最も主イエスの近くにいました。しかし、真に近くいたのは、悔い改めた者であり、そこに永遠の救いがあったのです(ルカ23章32~43節)。私たちも信仰によってイエス・キリストと結び合わされるならば、十字架と復活に現わされた神の力が「私の救い」となるのです。
御言葉と神の力に対する信仰があるならば、誤り、迷い出ることはありません。