礼拝配信(10:45より配信が始まります)
聖 書
一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。 (マタイ 26章7節)
礼拝順序
前 奏 | ||
招 詞 | 詩編 51編19節 | 司 会 者 |
頌 栄 | 29 | 一同起立 |
賛 美 | 17 | 一同起立 |
祈 祷 | 司 会 者 | |
主 祷 | 93-5 A | 一 同 |
交 読 | 詩編 48編 | |
会衆祈祷 | 一 同 | |
聖 書 | マタイ 26章1節~13節 | |
使徒信条 | 93-4 1A | 一 同 |
牧会祈祷 | ||
宣 教 | 「無駄と思えるほどの愛」 | 加藤 満師 |
祈 祷 | 加藤 満師 | |
賛 美 | 513 | 一同起立 |
感謝献金 | ||
奏 楽 | ||
頌 栄 | 27 | 一同起立 |
祝 祷 | 鎌野かをり副牧師 | |
後 奏 |
宣教要旨
1. 無駄と思えるほどの愛
神の愛は十字架に表わされています。聖書は十字架の愛を実に様々なイメージで語りますが、この高価な香油を注いだ女性の行為にも、十字架の愛が示されています。
1. 十字架に神は、ご自身の香油を注がれた
受難の直前、ある女性がイエス様に「極めて高価な香油」(7)を注ぎました。この行為は他の弟子達からも「無駄」(8)と言われるほどに、惜しみない行為でした。イエス様は喜びます。それは彼女の行為が葬る準備(12)だけでなく、福音の記念(13)と言われるように、ここからのイエス様の受難と十字架の意味を表わしていたからです。
この女性は、高価な香油を無駄遣いするかのように、イエス様の為に献げたのです。同じように父なる神は、何よりも高価な神の御子を無駄遣いするかのように、罪人を救うために献げられたのです。これが受難と十字架です。神ご自身が極めて高価な香油を、私たちの為に注いでしまわれたのです。この過剰な愛に戸惑い、驚く他ありません。
2. 私の香油を注ぎだす
私たちはこの愛にどう応えるでしょう。先ず神の愛を小さく見積もらないことです(エフェソ3:17-19)。そして、高価な香油を私たちの為に注がれた主は時に、主のためにあなたの香油を注ぎ出しなさいと招かれます。その応答が遅々としたものであっても、この注がれた愛に応えたいと願う歩みこそ、この女性の行為と同じように、福音の記念(13)として、神様ご自身の喜びとなるのです。