メニュー 閉じる

2025年6月

感謝する人生(2025.6.29)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

「主に感謝せよ。 まことに、主は恵み深い。 その慈しみはとこしえに。」(詩編 107編1節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 マタイ 11章28節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 17 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編 34編1節~11節
会衆祈祷 一  同
聖  書 詩編107編1節~22節
使徒信条 93-4 1A 一  同
聖歌隊賛美 436
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「感謝する人生」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 461 一同起立
感謝献金 512
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 苦しみの中で主に叫ぶ
人生には様々な苦しみがあります。この詩編では、人の苦しみが「荒れ野をさまよう旅人」「苦悩と鉄の枷に締め付けられた捕らわれ人」「背きと過ちのゆえに苦しむ人」「大海で暴風に苦しむ人」の苦しみの姿で描かれています。人は、どんな苦しみの中にあっても、主なる神様に向かって叫ぶことができます。その叫びに神様は応えてくださるのです。

2. 主は彼らを苦しみから助け出す
主なる神様が、苦しんでいる人の叫びに応えてくださり、どんな苦しみの中からも助け出してくださいます。神様は、恵みと慈しみをもって助け出してくださる方なのです。

3. 主に感謝する人生に
主なる神様は、苦しんでいる人を慈しみ、人の理解を越えたわざで苦しみの中にいる人を救い出されます。ですから「主に感謝せよ。その慈しみと人の子らになされた奇しき業のゆえに」と勧めているのです。

私たちは、主に感謝する生活へと招かれています。苦しみの中で主に向かって叫びましょう。主が私たちを苦しみから救ってくださり、感謝する人生へと導いてくださいます。

愚かな王、賢明な民(2025.6.22)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

イスラエルにこの大勝利をもたらしたヨナタンが死ななければならないというのですか。とんでもないことです。主は生きておられます。彼の髪の毛一本なりとも地に落ちてはなりません。神が共におられたからこそ、ヨナタンは今日これを成し遂げたのです。(サムエル記上 14章45b節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 詩編98編1節、3節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 2 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編33編1節~15節
会衆祈祷 一  同
聖  書 サムエル記上 14章24節~46節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 鎌野直人副牧師
宣  教 「愚かな王、賢明な民」 鎌野直人副牧師
祈  祷
賛  美 441 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 鎌野直人副牧師
後  奏

宣教要旨

1. ヨナタンによる勝利の理由
断食をして戦うというサウルの誓願のゆえに、イスラエルの兵は苦しんでいた。ヨナタンはサウルの誓願を知らなかったので、森で見つけた蜂蜜を食した。だから、ペリシテとの戦いで活躍できた。さらに、ヨナタンは自分の父の誓願の愚かさも指摘した。

2. 追撃と混乱
主がヨナタンを通して勝利されたので、イスラエルの兵は戦利品を獲得したが、疲れ切っていた。夜となり、誓願の時が終わったので、ペリシテを追撃していた兵たちは適切な処理を行わずに戦利品を食した。そこで、サウルは、秩序を取り戻すために祭壇を築いた。主を重んじているように見えるサウルだが、彼の行動はどこかずれている。

4. 愚かな王と賢明な兵
サウルはペリシテの追3を提案したが、祭司の提案により、まず神に伺いをたてた。しかし、主の答えがない。罪が原因だ、と断じたサウルは、くじを引いて、誰が罪を犯したかを探った。それはヨナタンに当たった。サウルの誓願に背いたからだ。主を重んじるヨナタンは死を覚悟し、サウルも彼の死を求めた。しかし、それまでは無抵抗であった兵もついには王の行動の愚かさを指摘し、ヨナタンを庇い、神がヨナタンと共に働いたという真っ当な主張をした。その結果、ヨナタンは死なずにすんだ。ただし、ペリシテを追撃することはできなかった。私たちも適切な識別力が求められる。神が私たちの人生にどのように働かれるのか、健全で、賢明な視点を持つ必要がある。

もうひとりの弁護者なる聖霊(2025.6.15)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

父はもうひとりの弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。(ヨハネ 14章16節)

礼拝順序

前  奏
招  詞  ヨハネ 16章13節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 352 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編32編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ヨハネ 14章15節~24節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷
宣  教 「もうひとりの弁護者なる聖霊」 鎌野かをり副牧師
祈  祷
聖 餐 式 新49 仁科共子牧師
賛  美 564 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

Ⅰ. もうひとりの弁護者
イエス様は弟子たちのそばからおられなくなるが、それはイエス様が地上においてなすべきわざを成し終えたことを意味している。そのわざのゆえに、イエス様は父にもうひとりの弁護者を弟子たちに与えて、永遠に彼らと共にいるようにと願った。真理の霊はイエス様と同じように、弟子たちを慰め、弁護してくださる存在である。イエス様を信じる弟子たちは、イエス様を通して父を、そして真理の霊を知り、見ることができる。真理の霊は弟子たちと共におられ、弟子たちのうちにおられる。

Ⅱ. イエス様を信じる弟子たちのわざ
弁護者なる聖霊が来られるとき、弟子たちはイエス様のわざを継続する。イエス様のわざとは、弟子たちが互いに愛し合うことである。イエス様の戒めを守るとは、イエス様がその人を愛したい方法で、イエス様に代わって、その人への愛するわざを行うことである。

Ⅲ. 神様の愛の交わり
弟子たちが互いに愛し合うとき、イエス様は真理の霊を通して彼らのところに戻って来ている。もうひとりの弁護者によって、イエス様が彼らとともにおられることが明らかになるので、人々はイエス様のわざを弟子たちを通して見る。互いに愛するとき、私たちは神様の愛の交わりの中に入れられている。真理の霊によって、イエス様の愛のわざが私たちを通してなされる。私たちを通してなされる神様のわざによって、この世がイエス様を見ることができるように、歩ませていただきたい。

神の霊に導かれる(2025.6.8)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

神の霊に導かれる者は、誰でも神の子なのです。(ローマ 8章14節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 エゼキエル 36章26a,28b節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 351 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編31編1節~9節
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 8章1節~17節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「神の霊に導かれる」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 342 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. キリスト・イエスにある命の霊
パウロは、心の内には神の律法に仕えようとしているが、肉では罪の法則に捉えられていると、葛藤していることを語りました。しかし、彼は「キリスト・イエスにある命の霊の法則が、罪と死との法則から解放した」と聖霊によって導かれて罪の法則に勝つことができると言いました。神様が、イエス様を私たち罪深い人間と同じ姿で世に遣わされ、罪を処罰されました。それによって、神の律法を行うことができないで、罪の法則の中にとらわれていたものを解放されたのです。イエス様を復活させた聖霊が私たちの内に宿っておられ、私たちの死ぬべき体をも生かしてくださるのです。聖霊に従って生きるなら、肉の欲を満たすことはなく、律法の要求が私たちの内に満たされるのです。

2. 神の子とされる
私たちの内に与えられた聖霊に導かれて生きる者は神の子です。神の子は、聖霊によって生かされ、神様に「父よ」と呼びかけ、父と子の交わりの中に生かされます。神の子どもは、神様の相続人です。神の御子であるイエス様と共に栄光を受けることができるのです。

私たちも、内に与えられている聖霊によって、罪に定められることのない者とされました。聖霊に導かれて、神様の子どもとして神様に喜ばれる生活を歩ませていただきましょう。

キリストにあって一つの体(2025.6.1)

礼拝配信(10:45より配信が始まります)

聖 書

私たちも数は多いが、キリストにあって一つの体であり、一人一人が互いに部分なのです。(ローマ 12章5節)

礼拝順序

前  奏
招  詞 ローマ12章1節 司 会 者
頌  栄 29 一同起立
賛  美 390 一同起立
祈  祷 司 会 者
主  祷 93-5 A 一  同
交  読 詩編30編
会衆祈祷 一  同
聖  書 ローマ 12章1節~8節
使徒信条 93-4 1A 一  同
牧会祈祷 仁科共子牧師
宣  教 「キリストにあって一つの体」 仁科共子牧師
祈  祷
賛  美 411 一同起立
感謝献金
奏  楽
頌  栄 27 一同起立
祝  祷 仁科共子牧師
後  奏

宣教要旨

1. 自分自身を神に献げる
 パウロは、イエス様による罪からの救いについて語ってきました。それに続いて、イエス様を信じる者の生活は自分自身を神様に献げる生活だと教えます。

2. この世に倣わない生き方
 パウロは、この世に倣う生き方をしてはならないと言いました。むしろ「神の御心を知り、善いこと、神に喜ばれること、完全なことをわきまえ知る」ようになりなさいと勧めています。そのために、「心を新たにして造り変えていただきなさい」と言っています。自分の力では神様の御心に適う、神様に喜ばれる生き方はできません、信じる者を造り変えてくださるのは神様です。

3. キリストにあって一つの体とされる
 イエス様を信じる者たちは、イエス様を頭とする一つの体とされました。一人一人が体の部分です。体の各部分は、それぞれ違った働きを担って体全体を造り上げています。どの部分も体にとっては必要不可欠です。ですから、私たちは体の各部分として、それぞれ思い上がることなく、自分に与えられている賜物を自覚し、慎み深く体全体のために働くのです。
 賜物は、恵みによって与えられています。私たちは、キリストにあって一つの体の部分とされている恵みを覚え、賜物を用いてそれぞれに委ねられている働きを果たさせていただきましょう。