投稿者「reiko0101」のアーカイブ

癒された人々(2020.1.19)

宣教題 「癒された人々」         宣教 石﨑善土伝道師
聖 書 マルコ1章29~39節

 イエスと弟子の一行は、カファルナウムに着くと安息日に会堂で教え、汚れた霊を追い出した。その目的は、宣教である。(38節)

1. シモンのしゅうとめの癒し(29節~31節)
 一行は会堂で教え終わると、すぐ近くのシモン(後にペトロ)とアンデレの家に行った。そこでは、シモンのしゅうとめが熱を出して寝込んでいた。イエスをもてなすという、神の子との喜ばしい関係を、この熱は阻害していた。しゅうとめはイエスに癒されると、よろこんで一同をもてなし、神との喜ばしい関係を回復した。

2.町中の人々の癒し(32節~34節)
 日が暮れて安息日が終わると、町中の病人や悪霊に取りつかれた人々がイエスのもとに連れて来られた。人々は癒され、悪霊は追い出された。人々の目を神からそらすものは、快楽による誘惑ばかりではない。目の前の病、無知、困難は、神への信頼から遠ざけ、罪に陥れようとする。イエスは人々からそれらを取り除き、神との関係を修復しようとされた。悪霊にいうことを許されなかったのは、悪霊はイエスのことを、人々と神との関係を修復するようには伝えないからである。

3.宣教の拡大(35節~39節)
 イエスはカファルナウムから出掛けて行き、宣教する範囲を拡大された。宣教の目的は、罪を取り除き、神との喜ばしい関係を修復し、神への信頼を確立することである。イエスは祈りをもって神との関係を確立されてから出掛けられた(35節)。私たちも、祈りをもって神の前に出て、「悔い改めて福音を信じなさい」(1章15節)というイエスの教えに従い、神との喜ばしい関係を回復させていただこう。

聖書朗読(0.9MB)

メッセージ(15MB)

何を目指して生きるのか(2020.1.12)

宣教題 「何を目指して生きるのか」     宣教 川原﨑晃主管牧師
聖 書 エフェソ4章7~16節

 「キリストの体」である教会は、ユダヤ人であれ、異邦人であれ同じ神の招きを受けて一つにされ(1~6節)、その一致のうちにあって多様性をもっています。そこには、どのような目的と意味があるのでしょうか(7~16節)。

1.究極の完成を目指して 
 ここで語られるメッセージは、「ついには、わたしたちは皆」と、ただ一つのことに集約されています(13節)。それは、何を究極の希望として抱き、何を目指しながらいきているのかを明らかにしています。
 主イエス・キリストは、今、私たちと共にいて、私たちを導いておられます(9~10節)。その導きの目的は、私たちを「成熟した人間」すなわち完全な者とするためです。すなちわ、私たちが、復活の体によみがえらされて完成され、「キリストに満ちあふれる豊かさ」に与って、究極の完成された者とされることです(13節)。

2.キリストの愛によって成長し続ける 
 そのような究極の完成を目指して生かされている私たちに、今をどう生きるのかが語られています。それは、風のように変わりやすい教えに振り回されることなく、「愛に根差して」(14~15節)、一人ひとりが「キリストの賜物のはかりにしたがつて、恵みが与えられている」賜物を用い合い(7節)、「キリストの体を造り上げ」(12節)、教会の頭であられるキリストに向かって成長していくのです(15節)。
 そのために、牧師を始めとする教職と信徒が、渾然一体となって教会を建て上げる業に励むのです(11~12節)。こうして、キリストの愛によって教会が成長するとともに、一人ひとりもキリストの愛によって生かされ成長していくのです(16節)。

聖書朗読(0.8MB)

メッセージ(12MB)

主に望みをおく年(2020.1.5)

宣教題 「主に望みをおく年」        宣教 川原﨑晃主管牧師
聖 書 イザヤ40章27~31節

 「主に望みをおく人」は、神の摂理の導きの中にあって、主を待ち望む人のことです。神の民イスラエル同様に、なぜ今日の私たちが、主を忍耐をもって待ち望み、主に信頼をおいて待ち望むことが大切なのでしょうか。

1.主は慰めの神であるから 
 イザヤは、神の御言葉を取り次いでいます。神の民の神への不信仰と不従順のゆえに、バビロン捕囚を経験させることと、その後70年を経過して神の民を回復させ、神の救いを経験させることとを語られました。この間、神の民は、神に疑念を抱き、虚無的になっていくのです。それに対して神は、「慰めよ、慰めよ、わたしの民を慰めよ」とのメッセージを告げられたのです(1節)。
 神は、解放者である慰めの神(2~5節)、羊飼いのような慰めの神(6~11節)、創造者である慰めの神(12~26節)、永遠者である慰めの神(27~31節)です。そのことは、イエス・キリストを通して今日の私たちにも明らかにしておられます。

2.再創造してくださる神であるから 
 神の民が、自分たちは神に顧みられていない、忘れられていると嘆くことに対して、神は永遠まで全部見通しておられることを明らかにされています(27~28節)。
 そして、若者が倦み疲れ、勇士がつまずき倒れるような状況におかれても、神は彼らを造り変え、再創造してくださるのです(29~31節)。
 罪と汚れと死の恐れから解き放ち、御言葉をもって懇ろに導き、永遠から永遠までおられて造り変えてくださる創造主こそが、イエス・キリストです。この方に望みをおき、任せて従っていくことが、最も恵まれた信仰の経験となるのです。

聖書朗読(0.4MB)

メッセージ(11.7MB)

恵みに生きる(2020.1.1)

宣教題 「恵みに生きる」        宣教 川原﨑晃主管牧師
聖 書 1コリント15章1~11節

 私たちが神の愛を受け入れ、聖霊の賜物を受けることができるのは、主イエス・キリストの恵みを経験するからです(2コリント13章13節)。新しい年も、このキリストの恵みに生かされ、歩み、戦い、全うしたいものです(1コリント15章10節)。

1.何であるか  1~9節
十字架の死から復活されたキリストは、使徒たちから始まり、多くの者たちに現れてくださり、神に敵対していたパウロにも現れてくださり、クリスチャンの列に恵みによって加えられました(5~9節)。そして、その福音の言葉の伝承は、リレーのように受け継がれ、今日の私たちにまで至ったのです(1節)。
 私たちが今日あることができるのは「神の恵み」によります(10節a)。それは、キリストの十字架と復活を通して現わされた福音によってもたらされた神の救いです。私たちは、それを神の御言葉を信仰の手がかりとして信じているのです(2~4節)。

2.何をするか  10~11節
 パウロの生涯を一貫して導いてきたのが、「神の恵み」でした。彼が、使徒として召されたのも「神の恵み」によりました。それゆえに、「神の恵みは無駄」にならないために、誰よりも多く福音のために働いたのです。そうさせてくださったのも「わたしたちと共にある神の恵み」でした(10節)。

 キリストに結ばれている私たちは、パウロと同じ立場に置かれています。神の恵みによって主の業に満ち溢れることが、私たちを動かし、教会を動かすのです(1コリント15章58節)。神の恵みに追われる歩みをスタートさせていただきましょう。神の恵みに追われる日々を歩み続け、全うさせていただきましょう(詩編23編5~6節)。

聖書朗読(1.4MB)

メッセージ(13MB)

自分の町へ帰る(2019.12.29)

宣教題 「自分の町へ帰る」       宣 教  石﨑善土伝道師
聖 書 ルカ2章1~7節

 クリスマスおめでとうございます。と言うと、皆さんには違和感があるでしょうか? わずか4日前にはクリスマスを祝っていたのに、私達は師走と年始へと舵を切っています。12月25日はキリストの降誕を記念したクリスマス、1月6日は東方の学者たちが来訪したことを記念した公現祭です。本来はこの期間がクリスマス・シーズンです。私達は、この時期をどの様に過ごすべきでしょうか。

1.クリスマスにある誤解
 クリスマスをキリストの誕生日としてお祝いしていますが、誕生を記念する日であり、誕生日ではありません。この日付はローマ帝国時代に定められました。

2.正月文化に対抗するべきか
 日本独特の文化である正月に向かうこの時期、私達の信仰とは異なるとして、独自な文化を築くべきでしょうか。
 イエスの父母は、アウグストゥスの命令により、ベツレヘムへ移動してきました。その時代の政府の命令、当時の文化に従ったものでしたが、それは神のご計画でした。その結果、預言通りキリストはベツレヘムでお生まれになりました。
一見すると、世から出ている事で、従う必要は無いと思えるような事でも、その背後には神のご計画があります。

3.家族と共に過ごす事も主のご計画
 年末年始に限りませんが、飼い葉桶にイエス様が寝かされたように、私達の意に反する状況が訪れます。その背後に主のご計画があると認めるとき、神の栄光が現われることを、マリアとヨセフの信仰による行動から見てとれます。どのような時でも、主の祝福が注がれている事に、目を留めさせていただきましょう。

聖書朗読(0.5MB)

メッセージ(12MB)

礼拝ご案内・行事予定(2020年1月)

礼拝はキリスト教会の最も大切な行事です。私たちのいのちの糧である聖書の言葉が、わかりやすく語られます。讃美歌を歌い、祈ります。 神さまを讃え、救いにあずかった感謝を表します。  
◎ 主日礼拝 (毎週日曜日) 第1礼拝 :AM 9:00 ~ 10:15 第2礼拝 :AM10:45 ~ 12:00 第3礼拝 :PM 7:00 ~ 8:00 ○成人科プログラム (毎週日曜日) AM9:30 ~ 10:15 楽しい聖書の学び 1階集会室にて お話は毎回完結します。 いつでもお入りください。
1日(日) 元旦礼拝 「恵みに生きる」 1コリント15:1~11
5日(日) 第1聖日 新年礼拝 「主に望みを置く年」 イザヤ40:27~31 過ぎ越し 出エジプト12:1~14 鎌野 健一
12日(日) 第2聖日 成人祝福礼拝 「何を目指して生きるか」 エフェソ4:7~16 海を渡る 出エジプト14:10~27 山崎  勝
19日(日) 第3聖日 伝道礼拝 「癒された人々」 マルコ1:29~38 荒野で与えられたパン 出エジプト16:31~36 増永 茂
26日(日) 第4聖日  礼拝 「神の前に生きる」 ルカ20:45~21:4 祈と証し

祈祷会 恵みの分かち合い (毎週水曜日)  AM 10:30 ~12:00、PM 7:00 ~ 8:30

祈祷会は毎日の家庭の祈りに加えてクリスチャンが心を合わせて神に問い、神と語る集会です。キリスト教にとって、祈りは「ご利益の祈願」や「瞑想」ではありません。 神さまのみこころが私たち世界に満ちることを願い、さらに救われたことを、神さまに感謝するものです。

1月行事予定

■ 1日(火) 元旦礼拝 ■ 5日(第1聖日)新年礼拝 1月誕生者祝福 聖餐式 ■ 12日(第2聖日)成人祝福礼拝 成人祝福式  役員会 ■ 19日(第3聖日)伝道礼拝 バルナバミッション祈祷会 ■ 26日(第4聖日)礼拝 ダイヤモンド婚式・金婚式 質問受付会

2月行事予定

■ 2日(第1聖日)教会総会礼拝 2月誕生者祝福 聖餐式 教会総会(定期総会) ■ 9日(第2聖日)礼拝 役員会 ■16日(第3聖日)礼拝 ■23日(第4聖日)伝道礼拝(神学生壮行礼拝) Happy Sheep

大いなる決断の日(2019.12.22)

宣教題 「大いなる決断の日」       宣 教  川原﨑晃主管牧師
聖 書 マタイ2章1~12節

 クリスマスは、神が独り子イエス・キリストをこの世に遣わし、私たちのために立ち上がってくださった決起の日です。それに応じて、クリスマスこそ、私たちが神のもとに帰り、神に向かう決断の日です。

1.神の大いなる決起の日  1~9節
 クリスマスにまつわる人物たちは、神からの語りかけ、聖霊による導きのなかにあって、主イエスとの出会いをしました。
 その中でも、東の方から旅を続けてきた占星術の学者たちは、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」を熱心かつ真剣に求める旅を続けていました。しかし、彼らは自分たちの知識や力によってエルサレムまで来ましたが、救い主に会うことはできませんでした。御言葉によって「ユダの地、ベツレヘム」を示していただいて、神の導きいていただくことが必要だったのです。
 私たちは、神に引き上げていただき、御言葉に信頼を置く中から神に導いていただいてこそ、救い主イエスとの出会いがあるのです。

2.私たちの新しい歩みを決断する日 10~12節
 幼子イエスに出会った学者たちは、彼らの最も貴重な物を主イエスに献げて礼拝しました。そして、「別の道」を通って自分たちの国に帰ったのです。
 王の王、主の主であるイエスとの出会いを与えられた者は、もはや以前と同じ生き方をするのではなく、他の生き方が神によって備えられています。それゆえに、主イエスは、私たちが新しい歩みを決断するように招いておられます。
 主イエスは、私たちが待ち望んだ以上のことをされるし、祈った以上のことを経験させてくださいます。神のすごみを経験させていただきましょう。

聖書朗読(1.1MB)

メッセージ(12.2MB)

神われらと共に(2019.12.15)

宣教題 「神われたと共に」        宣 教  川原﨑晃主管牧師
聖 書 マタイ1章18~25節

 「インマヌエル」とは、まことの神がまことの人と一つになられたイエス・キリストのことです。このお方と信仰によって結ばれることによって、神が私たちと共にいてくださるのです。それは、「聖霊によって」成し遂げけられました。

1.聖霊のわざである 
 主イエスの誕生は、処女からの誕生というよりも、聖霊のわざであることが強調されています(18節、20節)。このイエスこそが、神から遣わされた唯一の救い主です(21節)。この救いの事実が、「インマヌエル(神は我々と共におられる)」と結びついているのです(23節)。
 主イエスは、神と人との間を隔てている罪からの救いの道を開いてくださるために来臨されました。その救いの極みが十字架の贖いでした。私たちは、聖霊のわざによって、主イエスを信じ、神のものとしていただき、神と共に生きる者としていただいたのです(1コリント12章3節)。

2.聖霊に動かされる 
 聖霊による受胎告知が「明らかになった」(18節)ことに対して、ヨセフは悩み、自尊心を傷つけられ、不信と疑惑で苦しみ、宗教的な「恐れ」の中を過ごしたことが窺われます。「正しい人」であったヨセフは、「ひそかに縁を切ろうと決心」しました(19節)。しかし、ヨセフは、その正しさを越えて、聖霊に動かされてその決心を変更して神の御旨に従ったのです(24~25節)。

 私たちは、自分の願い、自分の計画、自分の不安や恐れに動かされないで、ただ聖霊に動かされて神の御言葉と御旨に従って歩みだし、神と共に歩み続けるのです。

聖書朗読(0.8MB)

メッセージ(9MB)

神を喜ぶ(2019.12.9)

宣教題 「神を喜ぶ」         宣 教  石﨑善土伝道師
聖 書 ルカ1章46~56節

1.背景
第1待降節では、アブラハムからイエス・キリストまでの系図より、神の計画と約束が現わされた。イエスの母マリアは、天使より、神の計画と約束を聞いた。そして、まだ結婚していないのに、身ごもる事を預言された。

2.マリアの信仰
 マリアは神の約束を聞き、理解を越える事であったのに、それを信じた。そして、神がその事を自分の身に起こされることに対し、神を喜びたたえた(46~49節)。そして、アブラハムとその子孫に与えられた約束を、神は憐れみを持って、実現されることを信じた(50~55節)
 マリアは信仰によって、『主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた』
(ルカ1章45節)

3.私たちの受け継ぐもの
 私達は、神の約束を、このように信じているだろうか。神の約束を途方もない事のように思い、自分には関係のない事だと遠ざけ、目の前にある困難な状況を見て、自分でもうダメだと思い込んではいないだろうか。
 アブラハムとその子孫に与えられた約束は、異邦人である私達には関係のないものであった。しかし、イエスの血潮により、イスラエル人との間にあった隔ての中垣が取り払われ、私達もその約束に与る者となった(エフェソの信徒への手紙2章11節~13節)。

社会は荒れ、希望を持つのが困難な時代になっている。しかし、神の憐れみがこの身に起こる事を確信し、神を喜びたたえる者とならせていただこう。

聖書朗読(0.5MB)

メッセージ(12MB)

クリスマスの約束(2019.12.1)

宣教題 「クリスマスの約束」       宣 教  川原﨑晃主管牧師
聖 書 マタイ1章1~17節 ガラテヤ4章4節

 イエス・キリストの系図を通して、神の救いの約束と、この神がどれだけスケールの大きなお方であるかを知って、信仰の応答をすることが必要です。

1.神の真実は深い 
 イエス・キリストの系図は、私たちの信仰の告白の系図です。アブラハムにおける神の約束、ダビデにおける神の約束は、キリストにおいて実現しました(1節)。この系図は3期に分かれ、それぞれの時期を特徴づけています。第1期は、イスラエルの民が高められていく過程を歩んだ時代です(2節~6節a)。第2期は、そのように繁栄をみたイスラエルか衰退し、バビロン捕囚の身となった下降の時代です(6節b~11節)。第3期は、暗い時代が続きながら、ついに待望のキリストを迎えることができて、神の約束がかなえられた時代です(12節~16節)。
 このように、この系図は、神の真実を言い表しています。真実の限りを尽くされる神は、今も私たちを捕らえて導いていてくださいます。

2.神の憐れみは尽きない 
 イエス・キリストの系図に、罪を犯したタマル(3節)とウリヤの妻(6節)、異邦人のラハブ(5節)とルツ(5節)の4人の女性が含まれています。ダビデも罪人の代表ですし、その他の王たちは神に対する節操を全うしなかった罪人でした。この系図には、こうした人たちが加わっているにも関わらず、神の約束は貫かれました。そして、この系図に、イエス・キリストがおられるのです(17節)。
 時が満ちて、キリストを通して現れてくださった神は(ガラテヤ4章4節)、人の罪を十字架で負って下さり、人のすべての弱さ、痛み、悲しみを共に背負われました。このように顧みていてくださる神の憐みは、尽きることがありません。

メッセージ(11MB)

最大のしるし(2019.11.24)

宣教題 「最大のしるし」       宣 教  川原﨑晃主管牧師
聖 書 ルカ20章27~44節

 人は、いつの時代もしるしを求めたがります。そのことをご存知の主イエスは、全ての人に対する救いの最大のしるしとして、死から復活されました(マタイ12章38~40節)。この事実に対して、私たちはどう応答すればよいのでしょうか。

1.生ける復活の主イエスを信じる 
 ユダヤ教の指導者であったサドカイ派の人たちは、死者の復活を信じていませんでした。彼らは、死が究極のゴールだと思って、死に対する不安と恐れを抱く人間を代表するような生き方をしていました(27~33節)。
それに対して主イエスは、「死んだ者の神ではなく、生きている者の神」によって、死者が復活することを明らかにされました(34~38節a)。
確かなことは、すでに主イエスが十字架に死んで復活されたことにより、死は征服されたのです。この生ける復活の主イエスを信じることが、新しい歩みのスタートをすることになるのです。

2.生ける神によって生きる 
 主イエスは、人としてはダビデの子孫でしたが、十字架において人の罪を赦し、死を打ち破って復活し、天に昇って神の右に座して全世界を治めておられる神です(41~44節)。
この主イエスは、「生きている者の神」です。この主イエスに対する信仰をもって、「神によって生きる」歩みをしていくのです(38節)。

主イエスは、一人ひとりに、何に生きているのか、どなたに対して生きているのかを問いかけておられます。十字架の死から復活され、今も生きておられ、永遠までも導かれる主イエスの前を歩み続けていくのです。

聖書朗読(0.9MB)

メッセージ(10MB)

礼拝ご案内・行事予定(2019年12月)

礼拝はキリスト教会の最も大切な行事です。私たちのいのちの糧である聖書の言葉が、わかりやすく語られます。讃美歌を歌い、祈ります。 神さまを讃え、救いにあずかった感謝を表します。  
◎ 主日礼拝 (毎週日曜日) 第1礼拝 :AM 9:00 ~ 10:15 第2礼拝 :AM10:45 ~ 12:00 第3礼拝 :PM 7:00 ~ 8:00 ○成人科プログラム (毎週日曜日) AM9:30 ~ 10:15 楽しい聖書の学び 1階集会室にて お話は毎回完結します。 いつでもお入りください。
1日(日) 第1聖日 第一待降節礼拝 「クリスマスの約束」 マタイ1:1~17 答えられた祈り ルカ1:8~25、57~66 鎌野 健一
8日(日) 第2聖日 第二待降節礼拝 「神を喜ぶ」 ルカ1:46~56 ザカリヤの讃歌 ルカ1:67~80 山崎 勝
15日(日) 第3聖日 第三待降節礼拝 「神われらと共に」 マタイ1:18~25 すべての人を照らす光 ヨハネ1:1~5、9~14 増永 茂
22日(日) 第4聖日 クリスマス感謝礼拝 「大いなる決断の日」 マタイ2:1~12 休会
29日(日) 第5聖日 年末感謝礼拝 「自分の町へ帰る」 ルカ2:1~7 神の恵みを覚える 詩篇103:41~22 鎌野 健一

祈祷会 恵みの分かち合い (毎週水曜日)  AM 10:30 ~12:00、PM 7:00 ~ 8:30

祈祷会は毎日の家庭の祈りに加えてクリスチャンが心を合わせて神に問い、神と語る集会です。キリスト教にとって、祈りは「ご利益の祈願」や「瞑想」ではありません。 神さまのみこころが私たち世界に満ちることを願い、さらに救われたことを、神さまに感謝するものです。

12月行事予定

■ 1日(第1聖日)第1待降節礼拝 12月誕生者祝福 聖餐式 チラシ配布 ■ 8日(第2聖日)第2待降節礼拝 エノク会例会 役員会 ■15日(第3聖日)第3待降節礼拝 Happy Sheep 熊野CSクリスマス祝会 21日 兵庫CSクリスマス祝会 JCYCクリスマス祝会 ■22日(第4聖日)クリスマス感謝・伝道礼拝 洗礼式 CS合同礼拝 クリスマス祝会 24日 クリスマスイブ礼拝 ■29日(第5聖日)年末感謝礼拝 元旦礼拝準備

1月行事予定

■ 1日(火) 元旦礼拝 ■ 5日(第1聖日)新年礼拝 1月誕生者祝福 聖餐式 ■ 12日(第2聖日)成人祝福礼拝 成人祝福式  役員会 ■ 19日(第3聖日)伝道礼拝 バルナバミッション祈祷会 ■ 26日(第4聖日)礼拝 ダイヤモンド婚式・金婚式 質問受付会

権威ある方の教え(2019.11.17)

宣教題 「権威ある方の教え」       宣 教  石﨑善土伝道師
聖 書 マルコ1章21~28節

イエスは、ガリラヤ湖の田舎で四人の漁師を弟子にし、都市であるカファルナウムに着いて、安息日に会堂で教え始められた。

1.権威ある者として教える
イエスと比較されている律法学者の教えは、揚げ足を取ること、否定・批判が中心で、自分ができない事を人にする様に求め、持っている知識を私欲のために利用する姿が、福音書には多く書かれている。彼らの理屈やその手法は、当時世界を支配していたローマ帝国も手を焼くものであった。
イエスは律法学者とは違った。その教えには、尊厳があり、威信があった。

2.実行する力
イエスには、尊厳があっただけではない。実際に権限があり、能力があった。そのことを、悪霊を追い出す事で現わした。その力には、神にたてつく、汚れた霊も逆らう事はできなかった。
神は天地を創造するとき、被造物に命じて行った。世界は神の権威によってでき、今もその権威によって支えられている。イエスには、その権威があった。

3.新しい教え
イエスの権威ある新しい教えは、信じた私達にも言われている。「あなたの神である主を愛しなさい。」(12:30)「隣人を自分のように愛しなさい」(12:31)「すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(16:15) イエスの教えは、聞くものの人生を豊かにする。そして、行うことが困難なようであっても、行えるようにする力がある。神に逆らう世に遣わされている私達を、イエスはその権威と力で、世に勝利させてくださる。

聖書朗読(0.5MB)

メッセージ(11MB)

神のものだから(2019.11.10)

宣教題 「神のものだから」       宣 教  川原﨑晃主管牧師
聖 書 ルカ20章19~26節

 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(25節)と語られたことは、神のものを自分のものにしてしまっている者の姿とつながっています(20章9~18節)。それでは「神のもの」になるとは、どういう生き方なのでしょうか。

1.すべてを神にお返しする 
 ここでも、主イエスを陥れようと企てる者たちの問答です。そこで主イエスは、この世にあるさまざまなものの中で、これは神のもの、これは皇帝のもの、これは私(たち)のものというように分別できるものではない、みな「神のもの」と言われたのです(25節)。
 私たちは、税を納めることなどにより国を支えその恩恵に与っています。「神のものは神に返しなさい」とありますが、礼拝を神にお返ししているか、十分の一をもって神にお返ししているかと問いかけつつ、それに応答して歩むことが祝福の人生です。

2.キリストに一切の主導権をお渡しする 
 ところで私たちは、主イエスの十字架の贖いによって、神のものとしていただきました(1コリント6章19~20節)。そうすることによって、私たちを神の栄光のために用いられ、互いに神のものとして用いられるようになりました。
 そのために私たちは、自らを自分のものとするのではなく、キリストを主としてお迎えし、人生の主導権を主にお渡ししていくのです。そして、家族の一人ひとりまたお互い一人ひとりの主導権をお持ちなのはキリストであり、神のものであることを証ししていくのです。それは、自らが死んで神に生きていただく生き方です。

聖書朗読(0.7MB)

メッセージ(8MB)